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吼える月
第16章 船上 ~第2部 青龍の章~
「ええと、この刀はなに?」
「お代の代わりに、お姉さんがつけてる指輪とお姉さんの髪をちょうだい」
それは、ユマにあげてなぜか手元に戻っていた、リュカから貰った指輪と、
「か、髪?」
ユウナは胸元の髪を掴んで見せると、少年はにぱっと笑う。
「お姉さんの髪、すごくきらきら光って見えて綺麗だからさ。そういう髪を欲しがるひともいるから」
きらきら光って見えるのは、地の色が銀になったからだ。
だから騙しているような気分となり、ユウナはかなり複雑な表情をした。
「そ、それはいいとしても……旦那はなにが関係が……」
「そりゃあ、お姉さんの可愛い顔がぽっとしたのを見たかったからさ。その指輪は右手にしてるんだから、結婚指輪じゃなくて、ただの装飾品なんだろう? 結婚指輪まで取ろうなんてあくどいことはいくら何でもしないよ。だからただの装飾品なら……あ、もしかして恋人だった時代からの贈り物? 恋人時代のものも、手放したくない?」
「いえ、いいわ。交換しましょう」
リュカと自分に、恋人時代……なんてものはあったのだろうか。
婚約した1年、口頭でも愛を確かめ合うということすら、公務に忙しいリュカ相手にはしていなかった。
「まいど! やっぱり恋人の時と旦那の時ってのは違うだろう? 相手の重みってのが。恋人は過去、旦那は現在の幸福だろ?」
恋人……といえるほどの甘い交流がないまま、リュカを夫に迎えようとしていた自分。結婚前までの会えない寂しさは、夫となった時に埋まっていただろうか。幸福を感じられただろうか。
そんなことを考え、胸が苦しくなる。
「さ、じゃあお姉さんの髪も、ちょうだい」
やめよう、リュカのことを考えるのは。
そう思えども。
恋人、夫……。その単語に、どうしてもリュカの影がちらつく。
肌を合わすことなく、ただ娼婦のような卑猥なことをしただけに終わった……大好きだった幼なじみ。
餓鬼が巣くう黒陵の港に置き去りにした――。
「やだな、お姉さん……っ、なに泣いているのさ!! そんなに髪切るの嫌だったの!? ちょっとでいいんだよ、ちょっと……って、ちょっと、お姉さん!!」
少年が口にするちょっとの意味合いが変わったのは、ユウナが髪をひとつに鷲掴んで、大胆に刀で切り落としたからだった。