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五十嵐さくらの憂鬱。
第10章 …10
「え…? なんだって?」
「だから、彼女でもないのに
樹につきまとわるなって忠告したのよ」

夏月はその言葉を飲み込むと
樹に視線をそらした。

「樹、待って」

真綾から振りほどいた手を
机に打ち付ける前に夏月が制止する。

「樹、それも待って」

怒りの矛先を無くし
真綾の胸ぐらを掴みかねない樹を
またもや先回りの言葉で夏月が止めた。

「真綾、さくらちゃんになんて言ったの?」
「はあ? あんたに関係ないでしょ?」
「言えよ」

樹のワントーンと言わず、
スリートーンほど落ちた鶴の一声で
真綾は慌てた。

「だから、バイト帰りのあの子に偶然会って
樹の家に入り浸るのはやめるよう言ったの。
彼女でもないのに、樹が困るだろうと思って…」
「なんてことを…」

夏月が呆然とした。

「なんでよ?
だって、あたしっていう彼女候補がいるじゃない!?」

真綾が声を荒げた時だ。
樹には見えた。
さくらが、渡り廊下を歩いている姿が。

突如、樹は席を立って駆け出す。

「ちょ、樹! どこ行くのよ!」
「やめろ、真綾。みんな見てる」

夏月の声に、真綾は渋々と席に戻る。

「まったく、なんなのよ…」
「それをそのまま、むしろ、のしつけて真綾に返したいよ」

夏月はため息を吐いて、去って行った樹を思った。
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