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五十嵐さくらの憂鬱。
第1章 …1
美術部の部活のドアを開けると、
話し声が聞こえた。

しかしその後、話し声は聞こえてこない。
聞き間違いかと思っていると

「ーーーんっ……」

甘ったるい声が聞こえてきた。
思わずさくらは身体を固くして、耳を澄ます。
ちゅ、と吸いつく様な音が断続的に聞こえてきて
その合間を縫うように
熱い息が漏れてくる。

ーーーえ、

そう思った瞬間、がたん、と
立て掛けてあったイーゼルがずれた。

思わず息を飲む。

2人分の脚が見えた。
後ろ向きの女性の脚と、
スニーカーに細身のパンツの男性の脚。
男の手が伸びて
スカートの上から内ももを卑猥に撫でる。

そうこうしているうちに
女性の声が抑えきれずに大きくなった。

驚きすぎて鞄を落とすと、
静かだった室内に大げさに音が響く。
あわててそれを拾い上げ
ふと男女の方をちらりと見て、
さくらは果てしなく後悔した。

目があった瞬間、ニヤリ、と、男が笑った。
さくらは猛ダッシュでその場を後にした。


「……何あれ何あれ…!!」

口から心臓が飛び出しそうだったので
そのままバスで自宅のワンルームに逃げ込み
無我夢中で出された課題を仕上げた。

課題に集中したおかげか、
空が暗くなる頃には
心臓は元の位置に戻っていた。

どっぷりと疲れてしまい
何もやる気が起きなかった。

忘れようとしていても、
テレビに集中しようとしても、
夕方の美術部での出来事が思い出される。
あの卑猥な手つきが脳内でリピートして
さくらを苦しめた。

「あー、もうっ!」

お風呂に入ろう。
少し熱めのお湯に浸かって、疲れをとろう。

イヤリングを取ろうとした時
左耳のイヤリングが無くなっていることに気づいた。

「うそ、やだ!」

光輝から、誕生日にもらったものだ。
淡い桃色の、桜の花びらを模したイヤリング。

ピアスの穴があいていない事を
光輝には伝えていなかった。
わざわざイヤリングをプレゼントしてくれた時
さくらは飛び上がるほどに喜んだ。
それ以来、そのイヤリングをつけている。

「どこいったのー? 」

一人暮らしを始めて増えた
得意の独り言をつぶやきながら
鞄をくまなく探すが見つからない。

走った時に落としたのかもしれない。

「最悪だ…」

明日、学校を探すしかない。
つくづく腑に落ちない気持ちで
1日を終わらせた。


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