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第57章 《壱》

　けして順太郎の科白に動かされたわけではないけれど、維助は立ち上がった。覚束ない足どりながらも、再び歩き出そうとしたのである。新しい住まいは粗末な裏店のひと間であった。そこで、維助はまた、簪を作り始めた。
　いざ再開してみると、愕くほど仕事にのめり込めた。いや、細工に夢中になっていれば、この世の憂さからもすべて解き放たれる。