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第60章 《其の壱》

　　　　　《其の壱》

　弥生になったばかりの宵は、まだ肌寒いほどで、良人を玄関に出迎えた弥子は、冷えた夜気にふるりと身を震わせる。良人嗣道はいつものように別段何を言うわけでもなく、黙って刀を妻に差し出した。その刀を両手に抱え、弥子は良人の後をついて廊下を歩く。良人嗣道は一千石取りの旗本槙野源太夫に仕えており、百石取り馬廻役に命じられている。