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雨と殻
第1章 霧雨
◇1◇

慣れた風情で声をかけてきたその相手は、私の顔を見るなり雌になった。
呼び名を訊かれ、「黒」と応えると、納得した顔になった。



荒い息が、大気と混じって消える。

雨粒がこう細かいと、辺り一面が白く煙る。

……悪くない

「え?」
組み敷いた相手が、不安気な顔で見上げてくる。
「こういう雨、悪くないな、と言ったんだ」
「そ、そうか……」
ほっと緩む口元。けれど目はおびえたまま。
「……そんなに、私が怖いの?」
「まさか!怖くなんか!」
しがみついてくる腕は、貝殻のような淡い光沢と、しなやかな輪郭が美しい。
絡めた手指は案外長い。
……雌を相手にした時には、さぞかしこの指が役立つのだろう

思いながら、指先を唇に含む。
「ぁ…っ」
指を一本一本ゆっくり食んでゆく。左が終わり右へ進む段には、ためらいがちに指を曲げ、こちらの舌や上顎を押し撫でてきた。
その動作が妙に可愛らしく思えた。
指の付け根と付け根の間に、舌をねじこむ。
この後の“本番”の真似事のように。
「ひぁっ……う」
意図が伝わったのか、相手は声をあげ首を反らせた。

浮いた首筋と鎖骨があんまり綺麗で、つい噛みついた。
「んゃ、あ」
痛みに眉が寄るのを見ながら、噛み痕に舌を這わせる。
「……痛くしてごめん」
声は無く、溜め息だけが聴こえる。
鎖骨のくぼみに舌を埋め、乳房の膨らみを片手で撫で、もう一方の手を背中にまわす。

そうしている間にも、相手の腕と腰とは、緩やかに踊り続ける。
まとわりつく霧雨に、その肌の色をほのかに映して。
うっすらと輝きながら、もがくように、誘うように。

ふと、相手を抱く己が腕を見る。
浅黒く、張りつめた肌。小さな雨粒を吸い込む余地すら無く、弾いた水がきらめく硬そうな腕。

目を閉じて、抱きしめた相手の胸に顔を埋めた。その白肌の柔らかさが、ありがたくも、悲しかった。
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