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暁闇
第10章 上書きされていく
そのとき、俺は思い出していた。
先週、雨が降ったとき。
無意識のうちに思い出していたのは、桜井のあの記憶じゃなかった。
真っ先に思っていたのは。
あおいさんと、相合い傘をして歩いた日の、彼女の上目遣いのあの表情。
掴んだ腕の細さ。
雨に匂い立つ彼女の甘い香り。
そう――――そんな記憶たちだったんだ。
「……なんとなくわかるかも」
「でしょ? だから、それを今更みたいにほじくり返してくるような相手はいやなの、私は。
だっていつも前向きでいたいんだもん」
そう、さっきの話を繋げてきた。
「だいたい、村上はあんなに一途に琴音のこと何年も思ってたんだから。それを完全に忘れるなんてこと、できないでしょ。
もしいつか忘れられたとしても、その頃にはもう村上はおじーちゃんになっちゃってるんじゃない?」
無邪気に、にこにこと。
俺は返す言葉もなく、苦笑しながら前髪をゆっくりとかきあげて。
「……それはさすがに勘弁」
「でしょ? だからさ、そんなことで躊躇うのは、何て言うのかな……勿体ない、よ」
「……ん」
無意識のうちに、口角があがっていた自分に俺は気づく。
坂本の言葉に、俺の中にあったもやもやとしたものが静かに形を変えていくのを確かに感じていた。