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いろはにほへと ~御手洗家の10の掟~
第3章 4歳児とプー太郎(もどき)
◆◆◆
「えいっ」
夏真っ盛りの8月。
相模湾に突き出した三浦半島。
その山中に堂々と鎮座する御手洗家では、愛らしい掛け声が上がっていた。
「とぅ……、あれぇ?」
尖頭アーチ状にくり貫かれた白漆喰の壁が、幾つも連なる窓辺。
30畳程あるリビングの壁際に沿い、コの字にぐるりと配されている長椅子は、
地べたに座るモロッコ流に倣い、高さ20㎝しかない低いもの。
そのクッションの上、先程から でんぐり返しを繰り返しているのは、
この屋敷に来て もう2年以上経つ、ココ 4歳。
つい数ヶ月前までポッコリしていた腹もへっこみ、手足も伸び。
可動域が広がった己の身体に いたくご機嫌のお姫様は、今はでんぐり返しにはまっているようだ。
「てい」
先程 夜ご飯を食べたのに そんなにごろんごろんして吐かないか、見守る龍一郎は心配なのだが、
当の本人は栗色の髪をぐしゃぐしゃにしながら、無邪気に開脚前転に取り組んでいた。
(可愛いなあ……)
ひざ丈のスカートから時折覗く、スカートと同色のパンツは勿論だが、
上手くいかないとムキになって、ツンと尖る桃色の唇。
何よりも、猫の様に真ん丸で大きな瞳は、コロコロと表情を変え、
どんなに長い間見つめていても、決して龍一郎を飽きさせる事は無かった。
銀のトレイから色鮮やかなモロッコグラスを取り上げ、甘ったるいミントティーで咽喉を潤す。
ちなみに今年の12月に20歳になる龍一郎は、余程の機会で無い限りはアルコールに手は出さなかった。
そんなに焦らずとも、成人した後から棺桶に入るまでは酒を愉しめるのだ。
それに、酒を飲む以上の愉しみが、目の前に在るから。
「ココ、お茶はもういいのか~?」
「……飲むぅ!」
長椅子の上、にっこり笑った幼女は転がる様に駆けると、リビングの中央にいる龍一郎の元へとやって来た。