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余熱
第12章 告げる
ツンと鼻をついたその香りは、
先生の胸に顔を埋めた時にふわりと鼻腔を満たした香り、
そして下川先生とすれ違う時に横切った、紺色の香りだった。
忙しさを言い訳に忘れかけていた濃密な記憶が、
五感を威圧しながら一気に押し寄せるように蘇ってきた。
わたしはその速さと激しさと濃さに、ぐらりと強い酩酊を覚えた。
「どうした?嫌いな匂いだった?」
焦点の合っていなかった視界がふっと戻り、
祐の心配そうな顔がその視界にぼんやりと浮かんでくる。
「いや…いい香りだけど…
香水慣れてないから、なんかどきっとしちゃって…。」
そしてわたしは途切れ途切れに、また嘘を吐く。
わたしは祐のベッドを借りて、祐は床で寝ることになった。
背後からは祐の規則正しい寝息が聞こえてくる。
わたしはというと、紺色の香りが部屋中に充満しているような気がして、どうにも寝付けなかった。
そろりとショーツの中へと指がのびる。
そして息を殺して、ぎゅっと目を閉じて、疼痛の中心に触れた。
乱れる息が微かに部屋に響き、咄嗟にタオルケットで口元を押さえる。
鼻の奥に残る紺色の香りと、タオルケットから漂う祐の香りが交ざって、
指先に力がこもり、動きが加速していく。
自分は誰の指を想像しているのかが分からなくなってくる。
自分は誰の指を求めているのかが分からなくなってくる−−。
すると突然、祐の香りがふわりと濃くなったかと思うと、
「…何してんの」
不意にわたしの右耳に、確かに熱はこもっているのに、どこか冷たさを帯びた祐の声が注がれた。