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唇に媚薬
第8章 嫉妬姫

「……ふーん」


驚きもせず、喜びもせず。
いつものポーカーフェイスを保ったまま、葵は私をじっと見てきた。


「変な奴」

「……!」


そういった口元が、少しだけ緩んだように見えたけど
葵は顔を前に戻して、再び歩き出す。

繋いだ私の右手を、自分のトレンチコートのポケットに入れて
ぎゅっと強く握り返してくれた。

……胸の奥が、狭くなる。
足がふわふわする。


「電車乗るの面倒だし。
せっかくこっちまで来たし、すぐそこでいい?」

「……うん」

「上の階に、ワインバーがあるから」


駅に沿うように並ぶ、葵の勤める本社ビルから2つ先の区画。
ショップやレストランが入っている、高層の商業施設に向かった。


「……こっち、あんまり来ないけど
お洒落な建物だね」


金曜日の夜ともなれば、この時間はまだ序章。
ショップは閉まってるけど、上層階の飲食フロアは朝方まで営業してるらしい。
1Fのエレベーター前には、多くの人が到着するのを待っている。
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