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short story
第19章 夏の欠片


歴史の尺で考えたら、人の一生などわずかな時間にしか過ぎないだろう。
その短い時間で人は喜び、悲しみ、苦しみ、悩む。
誰一人同じもののいない人生を生き、終える。



歴史の歯車の一部でしかないこの日々もいつかは終わり、時が経てば「私」がそこにいたことすら誰も知らない日がくるだろう。



無常だ。
無常だけどそれでいいのだと思う。
私はいなくなり、誰も私を知る者がなくなっても、きっと残るものはあると思うから。




祖父がくれた思い出のように、母の味のように、祖母の躾のように。
見えない何かはきっと、何らかの形で残ってゆく。






…二人でまとまった休みが取れたら、幸人と此処に来よう。



祖父のお墓参りをして、子供の頃遊んだ山に案内しよう。
春なら今でも見分けられる山菜を採って、母におこわにしてもらおう。
夏ならカブトムシをとりにいこう。
秋なら栗を拾い、冬なら父と植えたみかんを幸人に食べさせてあげよう。
友達とよく行った小学校の前の駄菓子屋にも行こう。
姉弟喧嘩で付けた壁の傷も笑いながら教えよう。



そして、幸人の人生も見せてもらおう。



車の揺れに任せて目を閉じた。
私は今を生きている。
歴史には残らない、かけがえのない毎日を。




目を閉じながら、残してきた仕事と部屋の観葉植物が頭の隅でチラついていた。




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