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あの店に彼がいるそうです
第14章 夢から覚めました

「どうやってあの秋倉の元から連れだしたんですか」
 蜜壺。
 あの一件のときに垣間見えた憎悪。
 抜け出てからこそ知ったかのような秋倉の悪行に対する軽蔑。
 雛谷は更にそれが顕著だった。
 そうだ。
 雛谷も同じ場所にいたんだ。
「俺は何も手を貸していない。ただ、二回目の訪問でケイへの連絡手段を渡したんだ。閉じ込められた場所から外に繋がるポイントだけな。その一ヶ月後には俺の家のチャイムを鳴らしていた。一目で逃げてきたと理解したよ。早すぎるが、綿密な計画の元に来たんだろう。俺の元に秋倉からの接触はなかった」
 どうやって逃げ出したんだろう。
 俺には、鵜亥の元から逃げるなんて不可能だったのに。
 情報という武器だけを手に。
 情報屋。
 その職が成り立つのは、それだけの威力を発するからだろう。
 ケイ。
 彼がいなければ類沢がホストになることもなかったのか。
「あいつは言ったよ。シエラで働かせてほしいって。そのための技術を全て教えてほしいってな。どんな代償も払うから。それから奇妙なことを言った。もしも弦宮麻耶という女から連絡が来ても自分は死んだものとしてほしいって」
「え……」
「なんのことかわからなかった。その時はな。だが、施設にいたときの話を聞いて、秋倉の元で何をしてきたかも聞いたとき、俺はそれを約束した。何より、俺はその瞬間から警戒していたんだ。その女がもしも雅を見つけた時、雅を失いそうで。ああ……そう思ったんだ。まるで、命よりも大事なもののように女のことをあいつが話すから。自分の命すらも世界もどうでもいいといったあいつが、大事そうに言うから……言い知れない不安を感じたんだ」
 そこで数秒沈黙が漂った。
 俺も篠田も、同じことを考えたんだと思う。
 そう。
 篠田が最も恐れていたこと。
 俺がぼんやりと感じていたこと。

 それが起きてしまった。

「なんでこのタイミングなんだろうな」
 嘲笑を混ぜて篠田が呟く。
 なあ、そう思うだろう?
 共感を強いるような。
 そんな語気で。
 ああ、そうだ。
 なんで今何だろう。
 俺が一番類沢さんを必要としている今何だろう。
 篠田が立ち上がり、俺のそばにくる。
 ハンカチを懐から取り出して、ぽんと頭に投げた。
 ずるりとそれが落ちると、白い表面に濡れた跡が線となっていた。
 後から涙に気づく。
 ぽろぽろと。
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