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あの店に彼がいるそうです
第14章 夢から覚めました

―珍しいじゃない、あんたからこの部屋来るなんて―

 ババア。
 ああ。
 あの遠い記憶。

―ふふ。誰を消したいの?―

 誰にでも股開いてその股から俺も産み落としたババア。
 それでも、あの時だけは、頼みを聞いてくれた。
 柾谷とか言う男を使って。

―ベツニ。好きねえ、その言葉。あたしは大嫌いよ。逃げ以外の何物でもないじゃない。まあいいわ。あんたともあと一年半の付き合いだから、最後の我儘として聞いてあげる―

 別に。
 拓の口癖だったからじゃねえ。
 なんとなく。
 大丈夫、に近いくらい曖昧な便利なこの言葉が、使いやすかったから。
 だから……



「……ん」
 目を開けると、暖かい日差しが視界を埋め尽くした。
 横たわっていることだけをまず認識する。
 真っ白だ。
 誰かの手が、頬を触れる。
 感触だけで、わかる。
「拓?」
 光が弱まり、病室が姿を現してくる。
 そこに、総ての焦点を独り占めするかのような奴の顔。
「……忍」
「よお」
 口が渇いている。
 随分寝てたんだろうな、俺。
 どのくらい?
 こいつが泣き腫らしても涙が枯れても足りないくらい?
 馬鹿面。
 相変わらずの馬鹿面。
 気が抜ける。
 てめえは。
 まったく。
「おはよう。忍」
「おう」
 頬から手が首元に下がっていく。
 ぞくりと指の感触が首筋を伝う。
 体が重くて動けないから、為すがままだ。
「……生きてる」
「あ?」
 数秒後に、自分の血流が拓の指を押し返している感覚に気づく。
 生きてる。
 それを確かめるみたいに。
 どくどく。
 音を立てて。
 そうか。
 俺、死にかけてたんだっけ。
「生きてるな」
 なぜか、視界が一瞬で歪んだ。
 止める間もなく溢れた涙のせいだとすぐには気づかなかった。
 目じりから伝って耳元を過ぎていく滴。
「……っ」
 息が上手くできない。
 拓の手が肩に添えられ、抱きしめられる。
 ぎゅって。
 互いの肩に顔を乗せるみたいに。
 心臓を触れ合わせるみたいに。
「ふ……俺生きてんだな」
「ああ、生きてる。忍は生きてる」
「生きてる」
「ここにいる」
「ははっ」
「あははっ」
 ばかみてえに。
 同じことを言い合って。
 何度も。
 何度も。
 そうでもしなきゃ、涙を止められなくて。
 意味もないのに笑った。
 始皇帝みたいに笑うババアみてえに。
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