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あの店に彼がいるそうです
第14章 夢から覚めました
 忍と拓があのアパートに戻るころになっても、俺はまだ類沢さんに会えることはなかった。

「――久しぶりだね」
 目の前にいるのは、歌舞伎町トップのホストじゃない。
 一大学生で、二ヶ月前には俺の世界の中心にいた存在。
 いや、きっと今も。
 そのはず。
 ストローを緩く咥えた河南が微笑む。
「ああ。久しぶり」
 鵜亥の一件から二週間後、俺はあの喫茶店で河南と会っていた。
 デートの日が懐かしい。
 ふと目線を横にずらす。
 窓のほうに。
 高級そうな車から堂々と降りてきた篠田チーフと類沢さんが、また現れる気がして。
 そんなはずないのに。
「元気だった?」
「俺?」
「うん」
「いや。色々あった」
「ふうん。言えないことも?」
「ああ」
 本当に、色々。
 駅で河南の手を掴み損ねたあの日から。
 細い指がストローを摘んで口から外す。
 耳元に小さな編みこみを両サイドに、いつもと少し違う雰囲気で。
 可愛い。
 手を椅子に付いて、少し首を傾げて口を開くところとか。
「ホストは続けてるんだよね」
「ああ」
「シエラで」
「ああ、そうだよ」
 大学に戻ってこないの?
 そう、次に訊かれる気がした。
「類沢さんは帰ってきた?」
 だが、その質問は余りに予想と違った。
 ランチプレートのハンバーグをフォークに挿したまま固まってしまう。
 ゆっくりと目線を河南に向けると、さっきまで傾げていた首をまっすぐに戻し、俺をじっと見つめていた。
「なんで、知ってるんだ」
 鵜亥の話は一切していない。
 出来る話でもないし。
 だから、類沢がいなくなったことを知っているはずないんだ。
 じゃあ、なんで……
 河南が目を一瞬伏せて、それからぽつりと言う。
「羽生くんに聞いたの」
 羽生兄弟。
 そうか。
 河南は俺のアパートに行ったんだった。
 そこにいる一夜と三嗣に会っているんだ。
「そっか……なんて?」
「類沢さんが、突然いなくなったって。それだけだよ?」
 少し含みのある言い方で。
 非難もあるんだろう。
 きっかけは河南なのに、何も話さなかった俺に対して。
 口の潰れたストローが、俺を責め立てているようで、背中がざわつく。
「ごめん」
「謝らないで。瑞希が大変だったのも少しだけ聞いたから」
 そう言って、河南は席を立った。
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