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あの店に彼がいるそうです
第14章 夢から覚めました

「いつも代金を賭けていますが、如何なさいますか?」
 篠田はぼんやりとダイスを眺めて、口の端を持ち上げた。
 丁半、か。
 二十歳の頃よくやった。
 あの頃は何を賭けていた?
 金なんてみんな無かった。
 だから……そうだ。
「俺が勝ったら……オペラの開店日に美味いワインを贈って欲しい。あんたの選ぶのなら相応しいだろうから」
 マスターは一瞬驚いたように手を止めたが、すぐにダイスをコップで覆った。
「それは良いですね、ぜひ負けたいくらいだ。でもそれではつまらないですから……私が勝ったら、今夜の客全員を奢っていただきたい」
「え?」
 雛谷がキョトンとする。
「それじゃあマスターに得ないじゃん」
「わかった」
「ええー……篠田さん」
 わかっていた。
 常連で成り立つこの店では、奢りという景気の良いことは逆にやりづらい。
 だがきっと大いに盛り上がるだろう。
 そのなかで飲むのも悪くない。
 類沢につながる情報も得られるかもしれない。
 良い賭けだ。
 互いに損しない。
 ま、考えようだが。
 ザッとダイスが混ぜられる。
 コップの中で跳ねる音。
「どちらになさいますか?」
「……ん」
 無言でマスターの手を見つめる。
 それから、雛谷を見る。
「はい?」
「マスター、雛谷に混ぜさせてやってくれないか?」
 カラカラ……カラン。
 手が止まる。
 空気も凍る。
 客一同が息を潜めて此方を窺う。
 疑い。
 それだけじゃない。
 純粋に運試しがしたかった。
 今だからこそ。
 相手が雛谷の敬愛するマスターだからこそだ。
「……いいでしょう」
 周りがざわめく。
 マスターは篠田から視線を外すことなく、手を離した。
「え。いいの……マスター」
「お願いします」
 見る立場というのは初なんだろう。
 少し愉しげにカウンターにもたれる。
 雛谷は戸惑いながらダイスをシャッフルし始めた。
 カラカラ……
 転がる。
 二つがぶつかり合いながら。
 近づき離れて。
 あの馬鹿二人のように。
 ふ……
 ああ。
 馬鹿だ。
「どちらになさいますか?」
 篠田は静かに笑った。

「サンゾロの丁」
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