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あの店に彼がいるそうです
第15章 あの店に彼がいるそうです
チャイムが鳴る。
日曜の朝五時に。
眠りから目覚めさせられ、気分は最悪。
迷惑な来客と云えばこいつだ。
「春哉~ん。開けて~春哉!」
「あのな……いくら従兄弟でも礼儀は持てよ」
玄関を開けながらぼやく篠田に蓮花が抱きつく。
酒の臭いはしなかった。
「おい。酔ったふりか?」
「ふふん。あのね、春哉。やっとプレゼントよ」
赤い唇で笑った蓮花が家の中に押し入る。
裸足でぺたぺたと。
「なんだ」
リビングで立ち止まった蓮花が手を広げて振り返る。
その頬にはぽろぽろと涙が伝っていた。
あまり見ない泣き顔に篠田も狼狽えた。
「おい」
「ふふふ。間に合わなかったなあ……わざわざ退職金弾んでおいて、矛盾してるわね私」
膝から崩れ、両手で顔を覆う。
肩と背中を震わせて蓮花はむせび泣いた。
「……瑞希のことか」
「ええ……っく、う……辞めちゃったんだってね」
「ああ」
ソファに座らせ、頭を撫でる。
着飾った服がくたびれている。
彼女も疲れているのかもしれない。
何に?
「そういえば、プレゼントって何の話だ」
「んふ。私もねえ、この一か月半……頑張ってみたのよ」
胸元から小さな紙片を取り出す。
篠田は少し温もりのあるそれを取り、開いた。
「おいおい……まじか」
眩暈を感じて額を押さえる。
自然と息が乱れた。
蓮花の手が太股に添えられる。
「ね。まだ間に合うかしら?」
胡桃から得た情報。
モンブランと一緒に提供されたのがこのメモだった。
たった二行の住所。
弦宮麻耶の居場所。
そして、類沢雅の居場所。
「春哉。まだ、間に合うでしょう?」
懇願のような訴え。
だが、春哉は頷かなかった。
「どうしたの」
確かに大きなプレゼントではあった。
自分では見つけ出せなかった情報。
篠田は揺れていた。
類沢に会うべきか否か。
「春哉」
蓮花が頬を掴んで無理やり顔を向けさせた。
「貴方の夢には、オペラには彼が必要でしょ」
はっきりと。
真実を言い聞かせるように。
「女の夢に雅を取られてもいいの? 幼少期がどうであろうと秋倉の元から連れ出して育ててきたのは貴方でしょ。自信持ってよ」
お前は瑞希を取り戻したいだけだろ。
そう茶化すことは出来なかった。