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あの店に彼がいるそうです
第15章 あの店に彼がいるそうです
返事を待たずに俺はつらつらと話した。
「この歌舞伎町で篠田チーフが大きくしたシエラのナンバーワンホストです。ライバル店のキャッスルの雛谷さんとは犬猿の仲でも、忍や、俺の友人なんですけど、忍や拓の件でも向こうのナンバーワンの如月さんも合わせてお互い意識を高めあって……八人集てのがあるんですけど、他にもシャドウズの空牙さんと吟さん、歌舞伎町で還暦過ぎたホストもいるんです。あとはスフィンクスの我円さんに伴。伴ってのが俺と同年代でも凄く客を抱えてるホストで、あそこの一夜とかアカも相当なんですけど。そんな中で……類沢さんは、トップで……俺の借金返済に協力してくれて、スーツも買い揃えてくれて、これ、俺なんかが選べないですよ」
自分の腿を手でなぞる。
毎日着て、ホストになって。
化粧もして。
「類沢さんは、誰よりも輝いていて、素敵で……シエラのトップはあの人しかあり得ないのに……いきなりいなくなっちゃって」
喉に針が刺されたように痛む。
「いなくなって……気づいたんです」
麻那は黙って仮面越しに見つめていた。
その中で何を考えてるかなんて見当もつかない。
「俺のなかで、類沢さんがいなきゃダメだって。たとえ俺には相応しくなくても、類沢さんが望んでなくても知ったこっちゃないんです」
笑いが漏れる。
そうだ。
知ったことじゃない。
俺が望むのは至極単純なこと。
しっかりと目線を合わせる。
深く息を吐いて、吸った。
「類沢さんに会わせてください」
声は震えていなかった。
店内の麗しいBGMに負けず、空気を貫いた。
彼女は静かに頷いて、小さな声で云った。
「あと、一日だけ待ってくれる?」
ささやかな我儘。
そう聞こえた。
「……一ヶ月待ったんです。待ちますよ」
彼女は俺のグラスを持ち上げて手渡した。
微笑んで乾杯を交わす。
明日になれば、類沢さんに会える。
高揚のせいか奇妙な味のする酒を飲み干し、俺は彼女を出口にエスコートした。
薔薇窓の下、手を離す。
夜空に歩みだした麻那は、髪を押さえて力なく俺を見上げた。
「貴方は綺麗な方だわ」
「えっ」
寂しげに言われた言葉にどきりとする。
「雅と出逢ってくれてよかった」
そう残して、美しい人は去っていった。
閉まる扉に香りを残して。
くらりと立ち眩んで、俺は扉にもたれた。
「瑞希!」