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やさしいんだね
第2章 情熱は二種類
 神谷がいつ射精したか、小百合には分からなかった。
 なるべく先ほど終わったテストの結果についてだけ考えるようにしたからだ。
 ソンのことを嫌いになるなんて言うが、神谷は一生、ソンを愛し続けるだろう。
 だって、神谷がソンを嫌いになるということは、同時に、神谷もその権力を失うということだから。

 ソンのデイトナより元の腕にはびっしり、おっかない絵柄が芸術的に刻まれている。
 その背中で微笑む菩薩如来の存在を、いくら神谷が気味悪い淫語好きな中年親父であろうと、彼だってバカではないのだからとっくに、或いは知り合った時点ですでに知っていたはずだ。


 頭が痛くてたまらない。
 部屋を出て神谷と別れたあと、ロビーのトイレに駆け込んで嘔吐した。
 便器に頭を突っ込み、神谷に会うまえソンの車の中で流し込んだゼリー状の栄養剤を勢いよく吐いている自分の姿を、万が一でも色黒さんに見られたら、一体どうなるだろう。
 緑色に染まった便器の底を見つめながらガンガン痛む頭で考えていると、どうしてか、セーラー服の背中に、千夏の声が聞こえた気がした。

「気持ち悪かった?そう?ボクはああいうキモイ奴にイタズラされるのが1番好きだけどなぁ」
 
 あれからたったのひと月しか経っていないのに、記憶の中の千夏の顔は曖昧で、よく思い出せない。
 小百合が人生で唯一、この子には容姿では絶対に勝てないと思った、誰もが振り向く美貌を持つ、声変わりした千夏の、少年らしい低い声。

「変に優しさを装うやつよりさ、欲望丸出しのキモイやつのが、人間らしくていいじゃん」



 千夏がソンに殺された時、“彼女”はどれくらいの髪の長さだっただろうか。



「いやー、本日は誠におつかれさまでございました!」

 後部座席で蹲って眠っていた小百合の耳に、ソンこと、尊二康成のダミ声が響く。
 最も、それが本名でないことくらい、小百合は知っているのだが。

 テレビから這い出してきた貞子のような動きで小百合はソンの車を降りた。
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