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やさしいんだね
第2章 情熱は二種類
「殺してやる」

 上目遣いでソンを睨むおっかない小百合の顔を、ソンは笑った。

「殺してやるなんてそんな怖いこと言うなよ!しょうがないだろぉ?カナちゃんは高校受験のために辞めちゃったしー。アキナちゃんは生理でー」

 千夏ちゃんは。
 言いかけて、ソンはただでさえ細い目を更に細め口を歪めた。

「・・・まぁまぁ、とにかく!こんなこと2度とないようにしますよ。小百合があのおっさんのこと死ぬほど嫌いなことくらい、このソン君、よーーーく知ってますから!ヘヘヘ・・・それにあのおっさんだって今日は可哀想だったんだぜ、ほんとはお前のケツの穴にぶち込みたいって、いくらでも出すって言ってきてたのによ。俺が丁寧に頭何回も下げてさぁ、そっちは先約があるんでスンマセンって100ぺんくらい謝ったんだぞ。それに今日は小百合に無理言った約束だからこっちの取り分は1割半でさぁ、ハァー、こんなことならあのメガネのブスを10時間くらい働かせたほうが稼げたよ。辞めさせなきゃよかったぜ」

 ソン君の苦労も労って欲しいもんだね、やれやれ。
 
 呟きながら上体をドアの隙間から後部座席にねじ込むと、ソンは小百合が忘れた学生鞄を手にした。

「ほら、忘れもんだ」
「だめだ・・・帰れない」

 笑顔で小百合に振り向いたソンは一瞬だけ眉間に皺を寄せたが、すぐに嘘くさい笑顔を顔全体に貼り付け、何事もなかったかのように動作を逆再生して重たい学生鞄を後部座席に放り投げた。
 小百合の視線の先に、昭和中頃に建てられた県営団地の一室から漏れる寂しいカーテンの明かりがあることに気付いたからだ。

「小百合もタイヘンだなー。まぁた苗字が変わるのか?つくづく気の毒だね」

 ソンは気怠くあくびをしながら、動けないでいる小百合を抱き抱えて、学生鞄と同じように後部座席に放り投げた。

 運転席のドアが締まり、乱暴にアクセルを踏む。
 ソンのワンボックスのエンジン音は、新しい男の腕の中にいるママの耳に届いただろうか。

 そんなことを、小百合はソンのベッドの中で考えていた。
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