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泡のように
第17章 16.
「あら智恵子」

 久しぶりに病室に訪れた私を、お母さんは普段通りの表情、仕草で迎えた。

「あんた学校は?補講があるんでしょ?まさか留年になったなんて言わないでしょうね」

 ベッドサイドに重ねられた丸いパイプ椅子をひとつ取り、お母さんの枕元に腰を下ろす。

「留年なんかしないよ。ちゃんと補講受けてきた」
「ちゃんと補講ってあんたね、それはちゃんと学校生活を送っているとは言えないセリフだからね」
「はいはい」
「あのね、この前は悪かったわ。お母さん今ね、脳の血管が切れてんのよ、だから大目に見てね」

 なんという詫び方だろう。
 目を丸くしていると、お母さんは全く悪びれた様子もなく話を続けた。

「あのあとお兄ちゃんが来てね、熱中症であんたが、なんだったかな?王城ホワイトナイツ?の、マネージャーの?小春ちゃん?になった夢を見たとかで?夢と現実が交差してわけわかんないこと言っちゃったんだってさ。あんた知ってる?まぁ誰だか知んないけど、そういうワケ。ごめんね」
「小春ちゃん・・・」

 脳内になぜか、ヒル魔の顔が浮かんで消えた。

「まったく、そりゃそうよね。あんたたちキョウダイなのに。変に勘ぐって悪かったわ」

 お兄ちゃんも、なんという訂正の仕方だろう。
 本当に、何を考えているのか分からない。

「あー、早く帰りたいわ。病人食って薄味で少量よ。入院してから常に空腹で発狂しそうよ。きっとこないだも発狂してたんだわ。退院してビリーズブートキャンプで痩せたらラーメンでも食べに行きたい心境ね。もちろん二郎系の。そうだ、退院したらお兄ちゃんと智恵子とお母さんの3人で」
「お母さんごめんね。私ね、本当にお兄ちゃんのことが好きなの」

 空気を読まない私の発言に、お母さんは豆鉄砲を食らった鳩のような顔をした。

「それに、お兄ちゃんも私のことが好きだって言ってくれた」

 鳩というより、お母さんの場合はマヌケなオランウータンだ。
 先生の妹さんもこんな体型と顔なんだろうか。

 長い沈黙ののち、お母さんは笑った。

「やあねぇ。そんなこと・・・」
「嘘じゃない。何回も布団の中で言ってくれた」

 マヌケなオランウータンの顔から笑顔が消えた。
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