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泡のように
第29章 28.
 何度チャイムを押しても、ドアノブを回しても、お兄ちゃんは部屋の中から出て来なかった。
 まだ帰宅していなかったらしい。
 合鍵なんて、持っているはずはない。

 おじさんの車を降りた時から、胃の中にはわずかなメロンしか入っていないはずなのに、猛烈な吐き気が込み上げていた。
 致し方なく、自分ちのほうのドアに鍵を差し込んだ。
 久しぶりの我が家は玄関の靴が出払っており、この家の夫婦も帰宅していないのだと理解した。
 よろめきながらローファーを脱ぎ、よろめきながらトイレに向かう。
 しかし間に合わなくて、板間に思いっきり吐き出した。
 メロンと胃液が混じった生暖かいものが足にかかる。

 口から吐瀉物を垂らしながら、鞄を探ってスマホを取り出す。
 お兄ちゃんには何度電話しても、繋がらなかった。 


 窓ガラスの外は漆黒の闇。
 床を掃除する気にもなれず、テレビの前、畳の上に転がる。
 冷房が効いているにも関わらず、全身に汗が滲んでいる。

 間もなく帰宅したおっさんは、運悪く私のゲロを踏んでしまったらしく「ウワァー!」などとごく普遍的なリアクションをして、それから居間で転がっている私を見つけると、

「おい、なんだこれ、え?智恵子?なんでここにいるんだ?これは?は?え?」

 と引きつった顔で足を拭きながら声を掛けてきた。

 おっさんは何も答えずピクリとも動かない私の代わりに混乱しつつも渋々ゲロを片付け、そして私に近づいて汗でべとついた手のひらを額に当てた。

「一体どうしたんだ?男はどうしたんだ?なんだ風邪なのか?・・・熱はないぞ。とりあえず服を着なさい。見苦しい」

 ノーブラでキャミソールとパンツしか身につけていない姿だけど、さすがにゲロ噴射したばかりの女を抱く気は起きなかったらしく、おっさんはすぐに風呂場の方へ消えていった。
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