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泡のように
第29章 28.
 暗闇に古いエアコンの音が響いている。
 それと、冷蔵庫のモーター音。

 いつ別れるんだよ、とお兄ちゃんが耳元で囁く。

「そのうち、ちゃんと別れるよ」

 腰の下に敷いたぼろぼろのバスタオルが動くたびに布団と擦れてがさがさと鳴る。

「心配しなくたって、私はね、生まれた時から、ううん、生まれる前からきっとね、お兄ちゃんだけのものだったんだよ?」

 言い終わる前に唇にキスをして、もっとしてって、ねだった。
 考えれば考えるほど、虚しさが大きくなる。
 何も考えたくないから、キスをねだる。


 経血が垂れる中でのセックスは普段より密着性が高いと思うのは私だけだろうか。
 愛液と違って経血は粘着性が低いからだと思うんだけど。
 サラサラした潤滑剤は、とっくの昔に私たちから罪悪感を拭い去っている。
 そして。


「智恵子、好きだよ」

 どうして、お兄ちゃんが今更こんなことを言い出すのか、私にはさっぱり分からない。
 こんなことを言わなくたって、もう、分かりきったことなのに。
 ふふふ、笑って、後ろから私を抱きしめているお兄ちゃんの手を握る。
 3年間渇望し続けたものを手に入れた代わりに、私は、人として、決定的な何かを、欠落してしまった。
 ううん、欠落したんじゃないか。

「俺以外の男に、もう身体を触らせちゃだめだよ」

 わかってるよ。
 わかってる。
 お兄ちゃん。

「わたしね、薬、もう飲んでないんだ」

 密着した部分は今頃血まみれだろう。
 そして、バスタオルも。
 甘えた笑顔には不似合いすぎるシュチュエーション。


「もし留年になったら学校、辞めてもいい?」


 お兄ちゃんから与えられていた愛、という形のものの、本当の姿を、知ってしまっただけ、ということか。


「それで、大好きなお母さんと、大好きなお父さんの遺影に、孫の顔を見せたいんだ。ね?いいでしょ?」


 それでもその鎖に縛られたがる私のほうが、お兄ちゃんを縛り付けているのだろう。

 お兄ちゃんは返答の代わりに、私にキスをした。



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