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泡のように
第36章 35.
 唐突に隣の部屋のドアがガチャンと鳴って、中から隣人である大学生が出てきた。
 黒縁メガネにボサボサ頭。特徴のない中肉中背。
 確かロクに大学にも行かず塾でバイトしてたはず。
 ソースは大家のおばちゃん。
 出勤時間なのか真意は不明だが、彼は男女間の縺れで揉めに揉めている我々の姿を目の当たりにして小声で「ヲゥ!」と感嘆詞を上げていた。

「センセイの次は、オニイチャン?すげぇ女子高生だなぁ」

 通り過ぎざま、大学生はちょっと笑いながらそんなふうに呟いて、私を横目で見つめながら廊下から階段を下っていった。
 お兄ちゃんは大学生が空間から消えてから、口元に笑みを浮かべた。



「智恵子も俺に、嘘つくように、なったんだ」



 そして、手首の力がすっと抜ける。
 汗で濡れた肌にそよ風が冷たく吹き抜ける。



「し、幸せになって欲しい、なんて、言って。やっぱり逃げるんじゃないか」



 鳶色を見上げる。
 しかしそれはすぐに、ぼさぼさの巻き毛の下に消えた。
 お兄ちゃんが背中を向けたからだ。



「自分だけは逃げないって、言ったくせに」



 そして、大学生が消えていった方向へ歩き出す。




「兄ちゃんをここまで、追い詰めたくせに」




 激しい鼓動が掴まれていた手首から全身に広がって汗が出る。
 ちょっと待ってよ、まだ200文字以内の答え聞いてないよ?
 思っても、言葉には出せなかった。
 だって。 



「もう、いいよ。もう二度と、迎えになんて来ないから」




 こんなふうにまた、私を支配しようと、努めたのだから。
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