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泡のように
第38章 37.
恐らく妊婦がダッシュしてるシーンというのは頻繁に目に出来るモノではないだろう。
だから、先生は廊下ですれ違いざま私を山岸でなく智恵子と呼んだのだ。
思わず智恵子と呼んでしまうくらい、何度も何度も私の背中に、3年生のどの教室にも響いてしまうくらいの大きな声で、智恵子と私を呼んだのだ。
でも足を止めることが出来なかったのは、私より遥かに足の速い先生が、妊婦の私が、いつかまたこうなる日が来ると、心のどこかではとっくの昔に予測していたせいなのかも知れない。
正門から消えていこうとする背中に、秋芳先生と同じくらいの背中に、ちぎれそうなほどのボリュームで、呼びかける。
行かないでと、呼びかける。
お願いだから私を置いていかないでと。
お願いだから私を、こんなふうにお金を渡して、済まそうとしないでと。
お願いだから私を愛してと。
お兄ちゃんだけは私を愛して見捨てないでと。
お兄ちゃんだけは私から離れたりしないでと。
いつの間にか足を止めていた背中にタックルするようにしがみつく。
振り向いた顔に背伸びして無理矢理キスをする。
拒まれてもキスを続ける。
ここが学校の正門だということも、一刻も早くあの朽ち果てた校舎に車を走らせなければ遅刻してしまうお兄ちゃんの事情も、すべて気付かないふりをして煙草の臭いのしない唇にキスをし続ける。
答えは15歳の時にもらっているのに、それでも、キスを続ける。
「ち、ち、智恵子やめろよ」
困惑を通り越してドン引きしたお兄ちゃんの鳶色が私の姿を映す。
「な、泣くなよ」
「ごめんなさい私もうお兄ちゃんから逃げたりしないから、お願いだから、こんなことしないで」
私の鼻水でお兄ちゃんの礼服が汚れている。
お兄ちゃんはまともな兄貴の顔をして、私を見下ろしている。
「・・・秋芳さんがいるよ。ほ、ほら。玄関から、見てる。心配して見てる。ほら、卒業式が始まるだろ。早く入りなさい」
だから、先生は廊下ですれ違いざま私を山岸でなく智恵子と呼んだのだ。
思わず智恵子と呼んでしまうくらい、何度も何度も私の背中に、3年生のどの教室にも響いてしまうくらいの大きな声で、智恵子と私を呼んだのだ。
でも足を止めることが出来なかったのは、私より遥かに足の速い先生が、妊婦の私が、いつかまたこうなる日が来ると、心のどこかではとっくの昔に予測していたせいなのかも知れない。
正門から消えていこうとする背中に、秋芳先生と同じくらいの背中に、ちぎれそうなほどのボリュームで、呼びかける。
行かないでと、呼びかける。
お願いだから私を置いていかないでと。
お願いだから私を、こんなふうにお金を渡して、済まそうとしないでと。
お願いだから私を愛してと。
お兄ちゃんだけは私を愛して見捨てないでと。
お兄ちゃんだけは私から離れたりしないでと。
いつの間にか足を止めていた背中にタックルするようにしがみつく。
振り向いた顔に背伸びして無理矢理キスをする。
拒まれてもキスを続ける。
ここが学校の正門だということも、一刻も早くあの朽ち果てた校舎に車を走らせなければ遅刻してしまうお兄ちゃんの事情も、すべて気付かないふりをして煙草の臭いのしない唇にキスをし続ける。
答えは15歳の時にもらっているのに、それでも、キスを続ける。
「ち、ち、智恵子やめろよ」
困惑を通り越してドン引きしたお兄ちゃんの鳶色が私の姿を映す。
「な、泣くなよ」
「ごめんなさい私もうお兄ちゃんから逃げたりしないから、お願いだから、こんなことしないで」
私の鼻水でお兄ちゃんの礼服が汚れている。
お兄ちゃんはまともな兄貴の顔をして、私を見下ろしている。
「・・・秋芳さんがいるよ。ほ、ほら。玄関から、見てる。心配して見てる。ほら、卒業式が始まるだろ。早く入りなさい」