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泡のように
第10章 9.
 ちなみにTシャツの柄は信じられないことにポパイとオリーブオイル。
 どんな感性を持ち合わせていたらこのTシャツを購入しようと決意できるのだろうか。
 秋芳先生もダサいが、お兄ちゃんの服装みたいにだらしなくはない。ダサイなりにきちんとしている。

 あんな男のどこがいいんだろう、私の中の冷静な自分はそう呟くけれど、私の中の大多数を占めるイカレた自分は無意識に肉体を立ち上がらせていた。

「お兄ちゃん」

 そして亡霊のように呟かせ、靴擦れで~が通用しないレベルで猛ダッシュさせる。
 息を切らしながらエスカレーターを駆け登って2フロア上の大型書店に入ろうとしていたお兄ちゃんの太い右手首を掴んだ。

「ち、智恵子」

 UFOが故障して地球に不時着し修理していたところ運悪く人間に見つかってしまった宇宙人のようなビビリきった表情でお兄ちゃんは私を見下ろしていた。

「き、奇遇じゃん!そこで、見かけたから」

 肩でハァハァ息をする私は、どこからどう見てもそこで見かけたから声を掛けましたレベルではなかっただろう。

「え、な、なに、買い物?」

 相変わらずお兄ちゃんはオドオドしながら無意味にビニール傘を胸の辺りに抱き抱えた。

「うん。修学旅行のガイドブック買いに友達と。お兄ちゃんは?」
「え、あ、ああ、兄ちゃんは、げ、月刊、月刊タッチダウンを買いに、ここ、ここでしか売ってないから」

 この世には色んなマニアックな雑誌が存在するらしい。

「ごめんね」
「えっ」
「私が帰らないから心配してくれてたんでしょ。おっさんから聞いた」

 お兄ちゃんは何か言おうとして、しかしすぐに首を左右に振った。

「母さんが心配してたからってだけで、兄ちゃんは別に、なにも。あんまり母さんを心配させるなよ、な?」
「そうだね」
「い、今、いまは、智恵子はどこに泊まってるの?」

 お兄ちゃんを見上げる。お兄ちゃんは相変わらずビニール傘をオドオド抱き締めたまま卑屈な視線で私を見たり床を見たり壁を見たり。

「友達んち」

 嘘を吐いた。
 もしかしたらお兄ちゃんが帰って来いよって言うんじゃないかって期待して。でも。

「そ、そう。あんまり相手のおうちに迷惑をかけちゃだめだよ。ちゃんと母さんにも連絡しなさい」
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