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泡のように
第13章 12.
 どうして先生の顔を見たくなったのか、自分でもよく分からない。

 午前中に終業式を終えた校内はとっくに全校生徒帰宅していて、閑散としていた。
 だらしない借り物衣装のまま、第一職員室のドアをノックもせずに開く。

 シン、空気が止まり、たくさんの教師の視線が私に突き刺さる。
 その中にはもちろん秋芳先生の視線もあったけれど、私の姿を見ても声を出したり立ち上がったりしなかったのは賢明だと思った。
 私だって「アキヨシセンセー」とか言って泣きながら駆け寄るほど、馬鹿じゃない。
 というわけで手短な場所にいた教師に担任の名前を告げると、すぐに担任が私の元に飛んできた。

 胃腸風邪で修学旅行を休んで、治ったと思えば今度は終業式に来ないし、かと思えばいきなりそんな格好で学校に来て、山岸さん一体どうしちゃったの?って聞いてきた担任教師にはこう答えた。

「お母さんが、昨日の晩、脳梗塞で、倒れちゃったから、朝、終業式、これなくて。だから、今日配られるはずだった、追試日程と、補講日程の、プリント、ください。ウェーン!」

 ってね。

 秋芳先生の顔をチラ見でも出来たから、泣くのは別に新任のひょろひょろの女性教師の胸の中でだろうが、どこでだって構わない。


 散々泣いたあとに残るものは頭と瞼の尋常でない重みだけなんだけど、気持ちだけはスッキリする。

 補講と追試の日程プリントをハーパンのポケットに突っ込んで、学校を後にした。

 お母さんが私を嫌ってるのは、なんとなく気付いてた。上手く言えないけれど、智恵子は健児さんが残した実の娘だから、責任があるから世話してる。迷惑かけられたくないからなるべくきちんとした教育を与えてる。的な。
 気付いてたから、女手ひとつで私たちを育ててくれた、大好きなお母さん、って、自分に言い聞かせてた。おっさんに襲われても、大好きなお母さんの幸せのためって自分に言い聞かせて我慢したり。
 しかし一度崩壊してしまえば、案外楽なものだな、と思う。
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