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藍城家の日常
第6章 我妻のこと
それは、ある初夏に起こった事。
「はぁ、婚姻……ですか?私が?」
あやかしが住まう、神楽の国の宮殿。
その最上階の廊下で、国を治める帝……結羅との謁見を待っていると、扉の先からぼそぼそと男の声が聞こえてきた。
男の拍子抜けした声。
この声は……確か、結羅の側近のひとりである炎鬼か……
「そうだ。お前もそろそろ女を娶っても良い齢ではないか?仕事ばかりしていても頭が固くなるばかりで駄目だ。お前は宮中の女の評判は良いのに、態度が固いが故に発展が無い」
爺のお節介が始まった……
何故、ここでその話をする?さっさと仕事をしろ。
「ここには仕事をしにきているのですから、当たり前でしょう!お気持ちは嬉しいのですが……そういうことにはまだ……」
「興味がないか?そう言っているうちに、お前は結局独身で一生を終わらせてしまいそうだから言っているのだ。たまには遊郭にでも行ってみれば良いではないか。良いところがあるぞ、紹介してやろうか?」
「っ結羅様!宮様に言いつけますよ!」
「は、はは……何、冗談だ。それだけは勘弁してくれ」
宮様とは結羅の妻……いわゆるこの神楽の国の妃君に当たる。
己の母親とはどういうわけか随分仲が良いので、何度も顔を見かけたことはあるが、あの女はいつまで経っても歳を取らない。(精神的に)
そしてやかましい印象しかない。
あの女のどこを結羅が溺愛しているのかは、俺にはさっぱり分からない。
「……とは言え、俺は心配をしているのだ。誰かお前の傍に居て、支えてくれる女が居れば良いと……そう思っているだけだ」
「……そのようなことはしなくても、我が家は既に大家族なので……ひとりひとりができることを、協力しながらやろうと努力しているので家計には困りませんし、私は彼らを見ているだけで……十分です。逆に私が……彼らに救われている気さえします」
……
巷で聞く、帝の側近ーー炎鬼は難民や孤児を自分の屋敷に引き取って養っていると、言うのは本当だったらしい。
噂通りの堅実な男だ。
「……」
鬼は五感が良い。
無論耳も良いわけで、嫌でも聞こえてくるその会話を、俺はなんとなく聞き流していった。