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藍城家の日常
第7章 姫はじめ ~形勢逆転の夜~
神楽の国(あやかしの世界)の大晦日も、それは下界(人間の世界)と変わらない特別な年の終わり。
こちらもあちらも、訪れる正月を今か今かと、大切なひとと一緒に待ち望んでいるのだ。
……
沈んだ藍色の夜の中で、橙色の行灯の光だけが屋敷から薄ぼんやりと漏れている。
羽毛のような雪が降り、積もっていく。外は不思議なまでにしんと静かだ。
時の流れが、いつもよりゆっくりとしている錯覚に陥る。
「……」
寝室にて、夜光は火鉢の側に身を寄せながら、ひとり物思いに更けている。
腕を固く組んで目を瞑る。今夜はまだ、あの籠の部屋は閉じ切っていて、彼女は隣に居ない。
今は大晦日の真夜中。もうすぐ、年が明ける……
いつもはとっくに床に就いている時間だが、誉は架音と明日ーー新年の料理の仕込みで遅くまで起きていた。
耳を研ぎ澄ませてみれば、カチャリと食器がぶつかる音、急いでいるような早い足音、水音……遠い台所に居るふたりの慌ただしい気配が伝わってくる。
夜光は誉を抱きながら寝ないと夢見が悪いので、寝ずに寝られない。年末の多忙で体は疲れているはずなのに、眠りたい気分にならない。
声にならない位の小さな溜め息を吐くと、小鳥のような軽い足音がこちらへ近づいてくるのに気づく。
しばらく待っていると、襖の向こうから妻の柔らかい声がした。
『夜光様、まだ起きていますか?』
「……ああ……起きてる。なんだ、誉」
返事をすると、誉は冷たい空気が入らないように少し襖を開けてすばしっこく部屋に入り、また襖を閉め、ちょこんと前に座った。
『今夜は大晦日ですから、もうお休みになってください。私のことはかまいませんから……』
ーーここ数日、ずっと御仕事をされていて、疲れているでしょう?ーー
ーーですから、今夜くらいはゆっくり休んでほしいのですーー
眉を少しハの字にしている彼女は、いつもそんなことを言っている気がする。お前と一緒に居るだけで疲れが取れるのに。
「……」
……何故それが分からない?
夜光は鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「……料理の仕込みはもう済んだのか」
『はい、大方終わりました。残りの片付けは架音様がすると仰っているのですが、申し訳ないので最後までお手伝いしようと思って……』
そう言って、誉はかじかんで赤くなった手をほんの僅かにさすった。