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藍城家の日常
第2章 出逢いのち初夜
「誉、いつものようにこのお召し物を皇子のお部屋へ持っていって頂戴」

『はいっ』


女官に言われて、洗濯物を畳んでいた少女はパッと顔を上げた。

歳は15くらいだろうか、小柄な体に、肩より少し伸びた粟色の髪はふわりと弾んで柔らかそうだ。

淡い緑色をした大きな瞳はきらきらと輝いていて、活気に満ちている。


『承知しました』


誉は駆け寄って、積まれた衣類を抱くとよろよろと部屋へ向かった。



ーーーここは神楽ノ国

人間界とは違う空間にある、あやかしの住む世界だ。

その世界を治める帝やその家臣が居る神楽の宮殿で、誉は下女として働いていた。

女官より位が下の下女は、宮殿内の雑用を主にする。

今日も誉は働かされっぱなしだが、彼女にとってそれはやりがいがあるものだった。


向かうは帝の御子息、皇子の部屋。
皇子の部屋は帝の部屋の隣に設けられている。

誉は遠い廊下を通り抜け、高い階段を上ると大きな廊下に出た。

最上階だ。
えんじ色の柱や壁に、彫刻や石がはめ込まれていて、鮮やかな装飾が彩られている。

場違いなここに来ると誉はいつも緊張してしまう。
それに……


(この廊下……他の廊下よりもツルツルしてる……)


気を抜けば滑る。
誉は嫌な予感を胸に抱きながら、よろりよろりと歩を進めた。

皇子の部屋は帝の部屋の奥だ。
途中、帝の部屋の扉のそばに人影が見えた。


(今日も来てる……)


凛とした空気を纏うひと。
艶があって綺麗な藍色の髪を、ひとつに緩く結って、着物をさらりと着ている。

ーーーあやかしは皆、美しさを持っている。
まるで作り物のような芸術品、それは怖くなってくるほどだ。

けれどこの方は、美しさとまた、何か不思議な雰囲気を漂わせる……


「……」


帝との謁見を待っているのだろうか。
彼は壁に背をつけ腕を組み、目を瞑っていた。


(綺麗なひと)


誉はすれ違い様にちらりと彼を見た。
女官達が彼を目の保養だと騒ぐのも、誉は分かる気がした。

そんなことを考えているとーーー


ずるっ


『あっ!』


余所見をしていたのが運の尽き、つるつるの廊下で、誉は予想していた通りに滑っていた。


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