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鈴(REI)~その先にあるものは~
第2章 友の悲劇~無明~
 その夜。
 お亀の許をひそかに訪れた者がいた。
 夜半、遠慮がちに表の戸をほとほとと叩く音が聞こえ、お亀は浅い眠りの淵からめざめた。
 その夜はなかなか眠れず、やっと浅い眠りに落ちたかと思えば、不吉な夢ばかり見た。黒い巨大な魔物に背後からひたすら追いかけられるだけの夢や、紅い椿の樹に取り囲まれて立っていたら、突如としてその花が燃え盛る焔に変じ、紅蓮の焔に包まれる―怖ろしい悪しき夢。そんな夢を途切れることなく見続け、夜更けに表の戸を叩く音でめざめたのだ。
 お亀は夜着の上に着物を羽織り、寝室を出た。玄関に近い部屋で寝起きしているゆえ、小さな音も聞こえる。不思議と、このような真夜中に人知れず訪ねてくる者が怪しいものだと訝しむ気持ちはなかった。
 既に、この時、お亀にも予兆のようなものがあったのかもしれない。お亀が心張り棒を外し、表の戸を細く開くと、向こうには見憶えのある顔が覗いていた。
 否、見憶えがあるとはいっても、正確には記憶を手繰り寄せれば、辛うじてその断片を掴み取れるというほどのものである。だが、確かにその男の容貌には見憶えがあった。男にしては整いすぎるほど整った面差し、精悍さと優美さがほどよく調和した端整な容貌は、まさしく相田小五郎―いや、今は親友お香代の良人として柳井小五郎と名乗っているはずの男であった。
「このような時刻にいかがなされました?」
 お亀は男に、誰とも誰何しなかった。
 唐突に問うたお亀に、男は小さく頭を下げた。
「夜分に突然、お訪ねする非礼をお詫び申し上げます。私を憶えておいでにございますか」
「はい、忘れるはずもございませぬ。お香代さまの旦那さま、昔は相田小五郎さまと仰せになられていた―今は、柳井小五郎さまとなられたのでございましたね」
 その時、初めて、お亀の脳裡に何かがよぎった。何ゆえ、お香代の良人がこのような時刻に、しかも柳井の屋敷から遠く離れた鄙びた村に姿を見せたのだろう。
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