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鈴(REI)~その先にあるものは~
第2章 友の悲劇~無明~
 最初、いつものお香代とはあまりに様子が異なるため、小五郎ですらその女がお香代だとは判らなかったという。それほどに、そのときのお香代は妙だった。いや、はっきりといえば、明らかに乱暴されたと思われる―性的な辱めを受けたような痕跡があった。
 着物は着崩れ、帯はだらしなく緩み、さまよい歩く脚許は赤児のように頼りなく、眼は魂を手放したかのように虚ろであった。首筋や大きく開いた胸許に、明らかに接吻の跡と思われる紅いアザが散っており、剥き出しの腕には無数の擦り傷や切り傷、更には両頬に強く打たれたような跡さえ残っていた。
―お香代。一体、何があった、どうしたというのだ?
 幾ら小五郎が訊ねてみても、お香代はただ首を振り続けるばかりで何も応えなかった。
 小五郎はお香代を抱き上げ、馬に乗せて屋敷に連れ帰った。その日以降、お香代は小五郎を寄せ付けなくなった。小五郎が少しでも触れようとすれば、怯えたように身を竦ませ、逃げる。そして、次の瞬間、ハッとしたような表情で我に返り、詫びるのだという。
 しかし、けして小五郎の腕に抱かれようとはしなかった。
 小五郎はあの日―野苺摘みに出て帰りが遅かった日、妻の身に変事が起きたのだと察した。それも、お香代の身体だけでなく心をも大きく傷つけるような何かが。
 それは恐らくは、お香代が何者かに狼藉を受けたということに他ならなかった。つまり、妻を他の男に陵辱されたのだ。が、小五郎はお香代にそのことについて問うことはなかった。
 問えば、お香代は真実を告白せねばならなくなる。他の男に陵辱されたことを良人に話すのは、あまりに辛かろう。自分一人が何もなかったような顔でいれば良い。自分がそのことについて触れなければ、お香代もその中、辛いだろうが忘れられるだろう。そう思ったのだ。
 しかし、現実は違った。
 お香代はそれから三ヵ月経ったある日、突如として自害して果てた。遺書はなかったが、白装束を着た上で、懐剣で喉をひと突きにした、覚悟の上の最期であった。
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