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鈴(REI)~その先にあるものは~
第2章 友の悲劇~無明~

小五郎は遠い眼で昔を懐かしむように語る。
「何を隠そう、私は毎年、夏が来るのを心密かに愉しみにしておりました。夏になれば、お亀どのが先生の許に遊びにこられる。あなたに逢えるのは、夏の間だけでしたゆえ、毎年、夏が近付く度に、子ども心にわくわくしながら待っておりました。あまたの門弟たちに混じって剣を振るうあたの姿をいつも片隅から熱心に見つめていたように思います。私はあなたと打ち合うたことはありませぬが、ひそかに是非一度は手合わせしてみたいと願うておりました。思えば、私は、あのときからお香代ではなく、お亀どのを―」
お亀はかつて伯父の屋敷に滞在していた時分、伯父から剣の指南を受けたこともある。
しかし、伯父には伯父なりの考えあったからか、道場一の遣い手と云われる小五郎と女ながらも卓越した冴えを見せる剣を遣う姪に直接打ち合うことは許さなかった。
その時、お亀は鋭い声で遮った。
「言わないで! それ以上、おっしゃってはなりませぬ」
お亀は縋るような眼で小五郎を見つめた。
「今は、亡くなったお香代ちゃんを―小五郎さまの奥方さまを悼むべきときにございます。小五郎さまがそのような昔のことを憶えていて下さったことは、私も嬉しうございます。私にとって、小五郎さまは確かに初恋のお方ではございますが、何しろ、私でさえ、もう、心の奥底にしまい込んでいた想い出でございましたゆえ」
お香代と小五郎の祝言が決まったと、お香代本人から知らされたあの時、お亀は自ら想いを消し去ったのだ。
小五郎がお香代より自分を思っていた―なぞと考えたことすらなかった。美貌で知られたお香代より、何の取り柄もなく不器量な我が身に好意を寄せていたとは今も俄には信じがたい。
だが、たとえ小五郎の心が昔は自分に向けられていたとしても、それは所詮、昔のことにすぎない。現実として、小五郎はお亀ではなくお香代を選び、お香代と小五郎は夫婦になった。今更、二人の間に自分の立ち入る余地があるとも、また立ち入りたいとも思わない。
「何を隠そう、私は毎年、夏が来るのを心密かに愉しみにしておりました。夏になれば、お亀どのが先生の許に遊びにこられる。あなたに逢えるのは、夏の間だけでしたゆえ、毎年、夏が近付く度に、子ども心にわくわくしながら待っておりました。あまたの門弟たちに混じって剣を振るうあたの姿をいつも片隅から熱心に見つめていたように思います。私はあなたと打ち合うたことはありませぬが、ひそかに是非一度は手合わせしてみたいと願うておりました。思えば、私は、あのときからお香代ではなく、お亀どのを―」
お亀はかつて伯父の屋敷に滞在していた時分、伯父から剣の指南を受けたこともある。
しかし、伯父には伯父なりの考えあったからか、道場一の遣い手と云われる小五郎と女ながらも卓越した冴えを見せる剣を遣う姪に直接打ち合うことは許さなかった。
その時、お亀は鋭い声で遮った。
「言わないで! それ以上、おっしゃってはなりませぬ」
お亀は縋るような眼で小五郎を見つめた。
「今は、亡くなったお香代ちゃんを―小五郎さまの奥方さまを悼むべきときにございます。小五郎さまがそのような昔のことを憶えていて下さったことは、私も嬉しうございます。私にとって、小五郎さまは確かに初恋のお方ではございますが、何しろ、私でさえ、もう、心の奥底にしまい込んでいた想い出でございましたゆえ」
お香代と小五郎の祝言が決まったと、お香代本人から知らされたあの時、お亀は自ら想いを消し去ったのだ。
小五郎がお香代より自分を思っていた―なぞと考えたことすらなかった。美貌で知られたお香代より、何の取り柄もなく不器量な我が身に好意を寄せていたとは今も俄には信じがたい。
だが、たとえ小五郎の心が昔は自分に向けられていたとしても、それは所詮、昔のことにすぎない。現実として、小五郎はお亀ではなくお香代を選び、お香代と小五郎は夫婦になった。今更、二人の間に自分の立ち入る余地があるとも、また立ち入りたいとも思わない。

