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鈴(REI)~その先にあるものは~
第1章 序章~萌黄の風~
 実際、精悍でありながらも優美さを失わない美男の小五郎と、この界隈で美貌として知られたお香代は実に似合いの夫婦(めおと)雛のようであった。二人の祝言を見届け、若夫婦が新しい暮らしに馴染んでゆくのに安堵したかのように、幹之進は心臓の持病が悪化して去年の冬が越せずに亡くなった。五十三歳であった。
 若かりし頃、十年に一度の木檜藩の御前試合で勝ち抜き、見事藩内一の剣士の栄誉を得た稀代の英雄の生き方は実に地味なものだった。御前試合の勝者に与えられる藩からの報奨金も藩主の武芸指南役という地位もすべてを辞退し、それまでどおりに町の一道場主として、多くの後進育成に心を砕いて生きたのだ。
 相田小五郎は元は武士ではなく、農民の伜である。小五郎が幹之進に見い出された逸話があった。ある日、幹之進が出かける際、高弟の一人が伴をしていた。主従が徒歩(かち)で人気のない道を歩いていた時、前方で数人の子どもが小競り合いをしている。どう見ても多勢に無勢、たった一人の子に数人の子どもたちが寄ってたかって殴りかかっている。
 しかも殴られているのは五歳ほどのまだ小さな子で、多勢の方はやられている子よりはるかに身の丈も横幅も大きい十歳前後の大きな少年たちばかりだ。
 幹之進の後に控えていた荷物持ちの若者がすぐに止めようとした。それを、幹之進が咄嗟に制した。
―待ちなさい。
―ですが、先生。あれでは、あんまりです。見れば、やられっ放しの子どもはまだ頑是なき幼児ではありませぬか。しかも、弱き農民の子を仮にも武士の子が苛めるとは許しがたい。
 幼子は確かに粗末な継ぎだらけの着物を纏った農民の子である。対して、多勢の面々は軽輩ではあれども、れきしとした木檜藩の藩士の子弟たちであった。中には道場に通ってきている見憶えのある顔も混じっている。
―まぁ、見ていなさい。本当にあの小さな子がやられているだけの弱き者かどうか、直に判ることだ。
 幹之進は落ち着いた口調で言い、懐手をしてその場に佇んでいた。後ろの弟子もやむなく師匠の言に従う。
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