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鈴(REI)~その先にあるものは~
第2章 友の悲劇~無明~
 一人の女の身体だけではなく、運命をも弄んだ非道な藩主は、その女の良人までをも己れの気違いじみた気紛れただそれだけのためにその毒牙にかけようとしている。
 人の運命を弄び、生命を双六の駒のように動かして、何が愉しいのか。そのようなことは、たとえ神仏でも許されることではない。
 その人の運命も生命も、その人だけのものだ。
 許せない。
 お亀はふつふつと燃え上がる怒りの焔を瞳に宿し、虚空を見つめた。
 小五郎は柳井道場を畳み、城下の知り合いの許に身を寄せるという。恩義ある先代道場主柳井幹之進の後を継いで、まだ二十一歳の若さながらも道場主として大勢の門弟から慕われていた小五郎。
 小五郎の妻となり、子の誕生をひたすら待ち侘びていたお香代。お亀の大切な二人の人生を、悪逆非道な藩主が滅茶苦茶にしたのだ。
―気の触れた藩主が人の生命や運命を駒のように弄ぶというのなら、私がその気違い殿さまの生命を奪ってやる。
 小五郎とお香代の運命を狂わせた藩主を到底許してはおけない。
 我に返った時、既に小五郎の姿は見当たらなかった。将来を嘱望されていた一人の若者は、ひっそりと外にひろがる闇の中に消えていった。
 彼のこれから歩む道は、今夜のような闇に塗り込められたものに相違ない。二度と陽の当たる場所には出られぬ身となり、世間からは隔絶された世界へと追いやられたのだ。それは、生きながら葬られたも同然だった。恐らく、今も小五郎は月もない闇夜をひたすら歩いているのだろう。
 大切な友だけではなく、その友の良人さえも―。
 畜生公と呼ばれる悪名高い藩主の犠牲となったのだ。
 許せないと、もう一度、お亀は唇を噛みし
め、前方を睨み据えた。



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