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鈴(REI)~その先にあるものは~
第3章 恋の始まり~辿逢(たどりあう)~
「あの者の名は」
 それまで興味もなさそうにそっぽを向いていた藩主が初めて視線を動かした。恐らくは、御前に進み出た挑戦者が並み居る猛者たちと闘い、勝ち抜いてきたような強者にはおよそ見えなかったからに相違ない。
「はっ、両名のうち、御前に向かって右手に控えますのが―」
 傍らの家老矢並頼母が畏まって言上しようとするのに、嘉利は煩そうに片手を振った。
「あの熊のようなもっさりとした大男はどうでも良い。反対側のほれ、細っこい方だ」
 藩主の機嫌をうっかり損ねでもすれば、冗談ではなく首が飛びかねない。それは下の者だけではなく、譜代の重臣、筆頭家老だとて同様なのだ。
 五十近い頼母は、焦った様子で頷いた。
「は、あちらは―」
 頼母は、手許にある名簿にせわしなく視線を走らせた。
「柳井亀之助となっておりまする」
「歳は」
 矢継ぎ早に問うてくる主君に、矢並が意味ありげな視線で上目遣いに窺い見た。
―やれ、また、殿の困った性癖がお出になったわい。
 とでも言いたげな顔である。
 だが、嘉利は想像を絶する残虐、好色な殿さまとして知られてはいるけれど、少なくとも男色の傾向があるとは聞いたことがない。
 現実として嘉利をまだ少年の頃から知る頼母も、嘉利が寝所に寵童を侍らせたという話は知らなかった。
 しかし、相手は何しろ常識とか良識の一切通用せぬ気違いである。今日まで男色ではなかったからといって、今日は違うと誰が言えよう。
 何より、この藩主があの挑戦者―柳井亀之助に興味を持ったことは明らかだ。
「歳は幾つにあいなると訊いておる」
 なかなか応えぬ頼母に、嘉利が苛立った声を上げた。
 頼母は狼狽し、応える。
「申し訳ござりませぬ。歳は十八とここには記してございますが」
 と、突如として、歓声がその場に満ちた緊迫した空気をつんざいた。
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