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鈴(REI)~その先にあるものは~
第3章 恋の始まり~辿逢(たどりあう)~
 頼母がつと視線を動かす。
「殿。ご覧あそばしませ。どうやら、やはり、あちらの大男の方が優勢のようにございますな」
 頼母が思わず声を上げると、嘉利が口の端を引き上げた。
「そうか、そちにはあの熊の方が優勢と見えるか。なるほど、見た眼だけではさもありなん、したが、よう見てみい。真にあのちっこいのが負けるか。のう、頼母、賭けてみぬか。俺はあの細いのが勝つと見た。そちはあの熊の方に賭けるか。そうじゃの、賭けるのは、おぬしの首というのは、どうじゃ」
 事も無げに言う藩主に、頼母はギョッとなった。
「滅相もござりませぬ。この頼母、あの若造の方が勝つとは到底思えませぬが、さりとて、勝敗は時の運ということもございます。万が一、ということもございましょう。殿とのそのようなお約束を致しましたらば、この皺首が幾つあっても足りませぬ。その儀だけは曲げてご容赦下さりませ」
「フン、理屈だけは立つくせに、度胸のない奴よの。つまらぬ」
 嘉利は肩をすくめると、鼻を鳴らした。
 その時、また、わっと庭が湧く。
 嘉利が〝熊〟と称した門屋陣右衛門は、最初は優勢であったと見えたが、次第に押され、時ここに至り、押され気味であった柳井亀之助が優勢に転じていた。
 身の丈も横幅もゆうに倍以上はある熊男に向かって、果敢に打ち込んでゆく少年の姿にあちこちから声援が飛ぶ。
 広い庭園には幔幕を張り巡らせた上座の藩主他、重臣一同の御座所とは別に、下座に見物席が設けられている。ただ筵を引いただけではあったが、その場にはこの藩史に残る試合のゆく方を見届けようと上は高禄を賜る上級武士から下は微禄の軽輩まで藩士が居並んでいる。彼等の誰もが颯爽と現れた少年剣士に惜しみない声援を送っていた。
 緑の濃い皐月の庭には、藤の花がかぐわしい匂いを撒き散らしており、殊に藩主らが座る幔幕の上には、藤棚が白い紫の花を満開につけている。
 藤の咲き誇る新緑の庭で涼やかな風に少年の前髪が揺れる。まさに、一幅の絵になるような姿であった。
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