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鈴(REI)~その先にあるものは~
第1章 序章~萌黄の風~
義兄の相田久磨などはそう言って笑っているが―、そういう久磨は連れ添って十七年になるという妻寿(ひさ)恵(え)との間に十六になる嫡男隼人をはじめ、末は三歳の菊松丸まで六男三女に恵まれている。
たまに菓子などを届けに相田家を訪れる度に、お香代は子どもの歓声で賑やかな相田家を見ると、うら寂しいような物哀しいような想いに囚われるのだった。
もっとも、そんな話は良人にはしない。それでなくとも、小五郎は道場経営の方で多忙を極めているのだし、あまりに忙しいため、子のおらぬことなどに淋しさを感じている暇はないようであった。お香代にしてみれば、小五郎に余計な負担はかけたくない。
確かに義兄の言うことにも一理あるかもしれない。小五郎はまだ二十一、お香代は十八の若さであってみれば、まだまだ子宝を諦めるには早すぎるというものだろう。そう思い、子宝に効験のある社寺があると聞くと、一人でひそかに詣でて気を慰めたりしていた。
そろそろ帰ろうと思い、お香代は駕籠を抱え立ち上がった。兎にやってしまったゆえ、苺は殆ど無くなってしまった。しかし、そんなことで厭な顔をする良人ではない。
そのときであった。馬のいななきが後方で聞こえた。ハッとして振り返る。
逆光になってよく見えなかったけれど、眩しい陽光を背に、馬が高々と両脚を跳ねあげているのが見えた。
刹那、身体中の血が逆流するような恐怖をを憶える。このままでは、まともに馬の蹄に辺り、お香代の身体ははるか遠方に撥ね飛ばされてしまうだろう。
もう、駄目。思わず覚悟して両眼を閉じた。
その時、張りつめた沈黙をつんざくようにして、笑い声が響き渡った。
ギュッと眼を瞑っていたお香代はゆっくりと眼を開く。お香代のわずか手前で、見事な白馬が荒い息を吐きながら止まっていた。馬上に跨っているのは二十代半ばほどの若者か。深い藍色の着物に、朽ち葉色の袴を穿いた身なりは随分と身分のある武士のようであった。
たまに菓子などを届けに相田家を訪れる度に、お香代は子どもの歓声で賑やかな相田家を見ると、うら寂しいような物哀しいような想いに囚われるのだった。
もっとも、そんな話は良人にはしない。それでなくとも、小五郎は道場経営の方で多忙を極めているのだし、あまりに忙しいため、子のおらぬことなどに淋しさを感じている暇はないようであった。お香代にしてみれば、小五郎に余計な負担はかけたくない。
確かに義兄の言うことにも一理あるかもしれない。小五郎はまだ二十一、お香代は十八の若さであってみれば、まだまだ子宝を諦めるには早すぎるというものだろう。そう思い、子宝に効験のある社寺があると聞くと、一人でひそかに詣でて気を慰めたりしていた。
そろそろ帰ろうと思い、お香代は駕籠を抱え立ち上がった。兎にやってしまったゆえ、苺は殆ど無くなってしまった。しかし、そんなことで厭な顔をする良人ではない。
そのときであった。馬のいななきが後方で聞こえた。ハッとして振り返る。
逆光になってよく見えなかったけれど、眩しい陽光を背に、馬が高々と両脚を跳ねあげているのが見えた。
刹那、身体中の血が逆流するような恐怖をを憶える。このままでは、まともに馬の蹄に辺り、お香代の身体ははるか遠方に撥ね飛ばされてしまうだろう。
もう、駄目。思わず覚悟して両眼を閉じた。
その時、張りつめた沈黙をつんざくようにして、笑い声が響き渡った。
ギュッと眼を瞑っていたお香代はゆっくりと眼を開く。お香代のわずか手前で、見事な白馬が荒い息を吐きながら止まっていた。馬上に跨っているのは二十代半ばほどの若者か。深い藍色の着物に、朽ち葉色の袴を穿いた身なりは随分と身分のある武士のようであった。