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鈴(REI)~その先にあるものは~
第4章 露草~呼応~
 幼い嘉利が眼を見開いて父を見つめている前に、一本の木刀が投げてよこされた。
―その木刀を取れ。為千代、そちは私の子ではない。ゆえに、私はそちを我が子とは呼ばず、〝伯父(おじ)子(ご)〟と呼ぼう。我が子ではない私がそなたに授けてやれるのは、我が血筋ではなく、この剣だ。さあ、全力で私に打ちかかってこい。私を殺したいと憎むほどの心意気で、向かってこい。もしお前を殺せるならば、お前を殺したい、その存在をこの世から消し去りたいと思うほど、私はお前を憎んでいる。もし、お前が私を殺さねば、いつか私がお前を殺すやもしれぬぞ? さあ、その木刀を取れ。為千代、私を殺す気で打ち掛かってこい。
 嘉倫は茫然と父を見つめる幼い息子に、平然と言った。
「そんな夫婦だ。当然、仲睦まじいはずがない。俺は、父と母が共にいるところを、夫婦らしく語り合うているところを一度として見たことがない。父からは疎まれ、母からは逆に過剰なほどの愛情を与えられて俺は育った」
 その後も、嘉倫は度々、息子を庭に連れだし、剣の稽古をつけた。そして、その度に、息子の耳許で囁いたのだ。
―もしお前を殺せるならば、お前を殺したい、その存在をこの世から消し去りたいと思うほど、私はお前を憎んでいる。もし、お前が私を殺さねば、いつか私がお前を殺すやもしれぬぞ? さあ、木刀を取れ。為千代、私を殺す気で打ち掛かってこい。
 それは、幼い子どもにとっては、あまりに残酷な言葉であった。
「父上は愚かではない。何より体面を重んじられる方だからな。そのような悪しき噂、お心の内にずっと秘めて、自ら吹聴するような真似はなさらなかったのだろう。だが、素顔の父上は、俺から言わせれば、情け深い賢君とは笑わせるな。俺に我が子ではないと言い切ったときの父上の顔は、恐らく、人を斬るときの俺に似ているだろう。誰かを憎み、殺すほど憎まずにはおれない―、怒りとやるせなさと憎悪と、込められるだけの負の感情を刃に込めて振り下ろす、そんな俺の顔はあのときの父に似ているかもしれない」
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