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鈴(REI)~その先にあるものは~
第4章 露草~呼応~
 お亀はもう言葉もなかった。
 賢君、藩中興の英主と世に讃えられ、いまだに藩士、領民から慕われている先代藩主が実はそのような表の顔とは別に、意外な素顔を隠し持っていた。わずか七歳の幼子が突然、父から我が子ではないと告げられたときの衝撃、心の痛みは察するにあまりある。
 恐らく―、嘉利のそのような幼き日の心の葛藤が今日の彼を形作ったに違いない。
 それにしても、世に比類なき名君と讃えられる先代嘉倫公が陰で〝畜生公〟と呼ばれる嘉利に〝殺人剣〟を教え込んだ張本人だとは。皮肉な話もあったものだ。
 嘉倫公もまた彼なりに疑惑と真実の狭間で苦しんだのだと思うが、その憎しみとやるせなさを幼い息子に向けるとは、あまりにも大人げないふるまいだといえた。
 そういう意味では、嘉利もまた秘められた悲劇の犠牲者の一人、いや、彼こそが最大の犠牲者の一人であっただろう。
「俺が変わったのは、それからだ」
 嘉利が呟き、ふと自分のひろげた両手を眺めた。
「剣を持つ度、耳許で父の声が聞こえてくる」
―もし、お前が私を殺さねば、いつか私がお前を殺すやもしれぬぞ? さあ、木刀を取れ。為千代、私を殺す気で打ち掛かってこい。
 嘉利が震える声で言った。
「俺のこの手は血にまみれている。父の声が耳許で囁く度、俺は無性に剣をふるい、血を見たくなるのだ。―恐らく、俺はどうかしているのだろう。世間で呼ばれているとおり、〝畜生公〟というにふさわしい気狂いだ。藤乃、俺は七歳で父と信じていた人に裏切られ、結局は最後には母にも見放された。母は俺が十歳になる前に、城を出てさっさと尼寺に入った。その二年後に尼寺で亡くなるまで、俺に逢いにきたことは一度としてなかった」
 嘉利がお亀をひたと見据えた。
「だから、そなただけは俺を裏切るな。俺の傍にずっといて、俺だけを見ていてくれ、そなただけは俺から離れないでくれぬか」
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