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鈴(REI)~その先にあるものは~
第5章 永遠の別離~無窮~
 その数日後。
 木檜藩は例年よりは十日余り遅れて、梅雨入りを迎える。
 満ちた月がほんの少しだけ欠けた頃、お亀の許に予期せぬ闖入者があった。
 その夜、珍しく嘉利のお渡りはなく、お亀は一人で夜を過ごした。その日は丁度先代藩主嘉倫公の月命日に当たるため、嘉利は奥向きには脚を踏み入れることなく、表の寝所で一人寝むのだ。現実として歴代藩主の月命日がひと月に何度かあり、その日は藩主は潔斎精進して、夜も女を侍らせることはない。
 そういった夜は、当然のことながら、嘉利はお亀と臥所を共にすることもなく、お亀はいつも一人で眠った。〝畜生公〟と呼ばれる嘉利だが、こういった歴代藩主が連綿と受け継いできたしきたりは、意外と律儀に守っているようである。
 恐らく、本来の嘉利の性格は几帳面で、潔癖なのではないかと、お亀はこの頃思うようになっていた。だが、嘉利当人の告白によって明らかになったように、嘉利は七歳のあの日を境に変わってしまった。名君と尊敬される父を誇りに思い、我が父と信じて疑わなかった無邪気な子どもから、その大好きな父に〝そなたは我が子ではない〟と無情にも突き放されたそのときから、嘉利の一生は大きく狂ったのだ。
 夜になって、菫色の空に琥珀色の月が昇った。お亀は自室の障子戸を開け、そっと縁側に佇む。何故か、今夜は幼い頃のことばかりが思い出された。
 物心ついたばかりの頃、母に連れられて森を抜け、賑やかなお城下へ初めて来たときの子どもらしい興奮とときめき。
 同じ歳のお香代とすぐに仲よくなり、二人はまだ健在であったお香代の祖父壱助に連れられ、お城下に出かけた。伯父幹之進に貰った小遣いを握りしめ、紙風船と風車を買ったときの嬉しさ。小さな村で生まれ育ったお亀は、貧しい農村の暮らししか知らなかった。その瞳に、着飾った人々が行き交い、物売りの声が響き渡る賑やかな城下町の往来は、別世界のように華やいで見えたものだ。
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