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鈴(REI)~その先にあるものは~
第5章 永遠の別離~無窮~
「あなたも共に行きましょう。今、逃げなければ、一生後悔する。さあ、この手を取って」
 小五郎の差し出した手を前に、お亀は躊躇った。
 今、ここで、この手を取らなければ、きっと一生後悔する。でも、あの人にちゃんと別れを告げてゆかなければ、自分はもっと後悔するだろう。〝側にいてくれ〟と懇願するように囁いたあの人を裏切るような真似だけはできない。
 きちんと顔を見て、自分の口から別れを伝えるのだ。今はただ、それだけがあの人に示すことのできる精一杯の真心だから。
「小五郎さま、私は今はご一緒に行けません。私には、まだやり残したことがあります」
「―お亀どの」
 小五郎が何か言いたげな眼でお亀を見た。
「私が今ここで黙って姿を消せば、今度こそ、あの人の心は壊れてしまう。あの人が完全に壊れてしまえば、ひいては困るのはこの木檜の人たちです。ただでさえ、哀しみと憎しみと淋しさに凝り固まり、凍りついてしまった嘉利公の脆い心をこれ以上傷つけてはならない。小五郎さま、今はまだ、行けません」
 お亀は懐から二人の想い出の品を取り出した。
「小五郎さま、どうか、この手ぬぐいを。これを今は私とお思いになってお持ち下さいませ」
 急いで小五郎の手に白い手ぬぐいを渡した時、腰元の悲鳴が響き渡った。
「お方さまっ。そなた、何者ぞ。藩主木檜嘉利公のご側室藤乃の方さまに狼藉を働くとは、無礼千万もはなはだしい」
 腰元の尖った声がその場の張りつめた空気を震わせる。
「お方さまから手を放しなさい」
 腰元が一喝するのとほぼ同時に、お亀は小五郎に眼顔で頷いて見せた。
―お願いでございます。今はご辛抱下さいませ。
「時が来れば、いずれ必ず」
 お亀が放ったひと言を、小五郎は聞き逃さなかった。
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