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鈴(REI)~その先にあるものは~
第1章 序章~萌黄の風~
―身分はえてして人を駄目にするものだ。高貴な生まれに甘んじて何もせず日々を無為に生きておる輩ほど、その不甲斐のなさが表に出るものよ。人の眼を見れば、その者の考えておることから、日々、どのような暮らしをしておるかまですぐに知れる。
 そう言って、はばからなかった。人を差別し、分け隔てをすることをしなかった幹之進ではあったが、とりわけ自堕落な者、身分や役職を鼻に掛けて何の努力もせぬ者は嫌い抜いた。
 そんな父の薫陶を受けて少女期を過ごしたお香代には、この男がかつて父が最も嫌い軽蔑していた類の男であることが判る。
「はて、いかが致しますかな。今日は折角の良き日よりでありながら、どういうわけか一匹の獲物も見つかりませず、くさくさしておりましたところにございますが」
 男の背後にぴったりと馬をつけたこれも同年齢の男が低い声で言う。
「ここで活きの良い獲物に出逢うたのもまた一興というところ、か」
 男は呟くと、ニヤリと口の端を歪めた。
 何とも陰惨な笑いだ。なまじ整った容貌をしているだけに、そのような顔をすると、不気味というよりは恐怖感さえ憶えてしまう。
「折角見つけた獲物をわざわざ取り逃がす法もございませんでしょう」
「ホウ、晋三郎、おぬし」
 男が意味ありげな眼で晋三郎と呼ぶ男を見つめ。
 ひらりと、馬から降り立った。
「女子になぞとんと興味を持つことのなかったおぬしがのう」
 面白げに言い、男は一歩、お香代に近付いた。
―何なの、この男は。
 お香代はまるで蛇に追いつめられた獲物のように後ずさった。
 吹き荒れる雪の切片のような冷たさを宿した瞳が冷え冷えと自分を見つめている。何の感情も読み取れぬ瞳、そう、哀しみも歓びも、情欲のかけらさえもひとかけらも含まれてはいない眼だ。漆黒のその瞳は無限の闇へと続く洞(ほら)のようにも見えた。
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