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鈴(REI)~その先にあるものは~
第5章 永遠の別離~無窮~
悪は千里を走るという。悪しき噂ほど早くに人々の知るところとなる。
事が思いがけず大きくなり、嘉利としても知らぬ顔もできず、仕方なく事件の目撃者だという腰元を呼び出した。
とにかく形式的だけにでも藩主自らが話を聞いておこうという軽い気持ちで行ったことが、すべての発端となった。
腰元は目付や筆頭家老の前で既に何度も話したのと寸分違わぬ証言を繰り返し、それで間違いはないかと嘉利が念を押すと、平伏して
―一切間違いはございまぬ。
と断言した。その口調には迷いも躊躇いも片々たりともなかった。
腰元を呼び出して話を聞いたその日の夕刻、嘉利は一人で自室にいた。
表御殿には藩主が政務を執る部屋の他に、その合間に寛ぐ御休息の間がある。その御休息の間で、嘉利は暗澹たる気分で庭を見ていた。
しかも、逃げてゆく男の顔を一瞥したという城門警護の任に当たる武士が聞き捨てならぬことを言っていた。
逃げていった男の身のこなしは、実に鮮やかで到底、並の者とは思えなかった。さながら忍びの者かと思うほどに、身軽で高い塀などもいともあっさりとひと跨ぎしてしまったという。
―あの者の顔に私、見憶えがございます。あの者は、確かに彼(か)の柳井道場の前道場主柳井小五郎どのにございます。
その男の十一になる長男が、柳井道場に通っていたため、男は伜を連れて道場を訪れた際、幾度か柳井小五郎に逢って挨拶をしたことがあるという。
―恐らくは柳井小五郎先生に間違いはないかと存じまする。
腰元同様、その男もまた嘉利の面前で確信に満ちた口調で言った。
その言葉が、嘉利の心に降り積もった鬱憤に火を付けた。
事が思いがけず大きくなり、嘉利としても知らぬ顔もできず、仕方なく事件の目撃者だという腰元を呼び出した。
とにかく形式的だけにでも藩主自らが話を聞いておこうという軽い気持ちで行ったことが、すべての発端となった。
腰元は目付や筆頭家老の前で既に何度も話したのと寸分違わぬ証言を繰り返し、それで間違いはないかと嘉利が念を押すと、平伏して
―一切間違いはございまぬ。
と断言した。その口調には迷いも躊躇いも片々たりともなかった。
腰元を呼び出して話を聞いたその日の夕刻、嘉利は一人で自室にいた。
表御殿には藩主が政務を執る部屋の他に、その合間に寛ぐ御休息の間がある。その御休息の間で、嘉利は暗澹たる気分で庭を見ていた。
しかも、逃げてゆく男の顔を一瞥したという城門警護の任に当たる武士が聞き捨てならぬことを言っていた。
逃げていった男の身のこなしは、実に鮮やかで到底、並の者とは思えなかった。さながら忍びの者かと思うほどに、身軽で高い塀などもいともあっさりとひと跨ぎしてしまったという。
―あの者の顔に私、見憶えがございます。あの者は、確かに彼(か)の柳井道場の前道場主柳井小五郎どのにございます。
その男の十一になる長男が、柳井道場に通っていたため、男は伜を連れて道場を訪れた際、幾度か柳井小五郎に逢って挨拶をしたことがあるという。
―恐らくは柳井小五郎先生に間違いはないかと存じまする。
腰元同様、その男もまた嘉利の面前で確信に満ちた口調で言った。
その言葉が、嘉利の心に降り積もった鬱憤に火を付けた。