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鈴(REI)~その先にあるものは~
第5章 永遠の別離~無窮~
 嘉利の部屋からも庭の紫陽花が見える。
 むろん、お亀の部屋から見るものとは別のものだ。
 水無月も下旬に入り、紫陽花の色はいっそう深まり、深い海色に染め上げられていた。
 花の色が変われば、人の心もまた変わる。
 げにうつろいやすいのは人の心。
 嘉利が誰よりも何よりも大切に思う女の心もまた、この花のようにうつろってしまったのだろうか。
―何故なんだ、何故。俺では駄目なんだ。皆、皆、俺の側からいなくなってゆく。俺を伯父子と呼び、蔑むような眼で見ていた父上。自分の後ろめたさを隠すように、俺を猫かわいがりした挙げ句、最後は放っぽり出ていった母上。皆、誰もが俺を一人残し、去ってゆくんだ。
 藤乃、お前だけは、違うと思っていた。お前となら生き直せる。生まれ変わって、もう一度新しい自分になれる気がしたのに。
 お前までもが俺を捨ててゆくのか。
 その男と、自害して果てた友の良人と二人でゆくというのか。
 何故だろう、藤乃。俺はお前と初めて逢った気がしないんだ。こんなことを言えば、本当の気違いだと思われてしまいそうだが、俺は生まれるずっと前から、お前を知っていたような気がする。まるで、お前自身の心が俺の一部であったような、俺自身がお前の心の一部であったような、妙な気がしてならない。
 俺たちは、もしかしたら、二人で一人の人間だったのかもしれない。こんなことを言えば、お前は呆れ、今度こそ愛想をつかしてしまうかもしれないな。
 だからこそ、俺はお前にこれほど惹かれたんだ。だけど、お前は俺を愛してはいない。
 俺はやっとめぐり逢えたと思った、たった一人の女にでさえ、こうやって裏切られる運命だったのだな。
 嘉利は、忍び寄る夕闇に沈んでゆく紫陽花をただ黙って眺めた。
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