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鈴(REI)~その先にあるものは~
第5章 永遠の別離~無窮~
 自分が誰かに、眼を奪われて言葉を失(な)くすことがあるなんて、思いだにしなかった、姿形と関わりなく、その精神のありように心が動かされることがあると、お亀と逢って嘉利は初めて知った。
―悪名高き残虐な藩主としてではなく、もっと優しさで人の心を、民を包み込むような藩主になってくれ。あなたは藩主、国の父ではないか。親であれば我が子たる領民を苦しめず、もっと慈しんでくれ。
 人には優しさというものがある。藩主たる嘉利は国の父、罪なき人々を傷つけ殺めることは止め、優しさで領民を父のように包み込んで欲しい。
 出逢った日、少女はひたむきな眼で訴えた。
 恐らく、初めて御前試合で出逢ったあの瞬間、嘉利はもうお亀に惹かれていたのだ。
 あの、強い意思を秘めた毅然とした瞳。
 誰もが怖れひれ伏す悪名高き藩主に刃を突きつけ、暗殺に失敗したかと思えば、自らの生命の危険も顧みず果敢に諫言を試みた。
 一見無謀とも思えるその行動の裏には、いかにもあの娘らしい優しさや困った者を見過ごしにできない正義感がある。
 少し眼を離しただけで、どこへ転がってゆくか判らない鞠のような、放っておけない娘だ。ずっと側にいて守ってやりたいと思っていたけれど、どうやら、お亀自身はそれを望んではいないらしい。
 いや、あの少女は元から誰かに守って貰うことなぞ、考えたこともないだろう。あの娘は他人から守って貰うより、自分の頭で考えて動き、自らの身だけでなく他人をも身を挺してまで守ろうとする、そんな娘だ。
 だからこそ、嘉利はあの娘に―その類稀なき強さに惹かれ、また、その優しさに癒やされた。
 風が吹けば、すぐにくずおれそうなほど脆くて儚いのに、凛として花開く野の花のようだ。
 そう、お亀が大切に、愛おしそうに眺めていた、あの花。露草のように。
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