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鈴(REI)~その先にあるものは~
第5章 永遠の別離~無窮~
あの一瞬で、恋に落ちた。
だからこそ、すぐにお亀を殺さなかったのだ。あの時、どうせ後で殺せば良いのだと自分で言い訳めいたことを考えていたが、何のことはない、ただ本気で惚れてしまった女には流石の畜生公の異名を取る嘉利も刃は振り下ろせなかった―ただそれだけのことだ。
お亀こそ、嘉利が二十四年の生涯で初めて心から愛した女だったのだ。
多くの女と身体を重ね、その中には女の方からしなだれかかってきたり、甘えてきたりした者もいた。最初は厭がっても、何度か閨に招けば、誰もが嘉利の前に身も心投げだし、しまいには媚さえ見せるようになっていた。
お亀だけは、そんな大勢の女たちとは明らかに最初から違っていた。身体だけは共に過ごす夜を重ねている中に、確かに嘉利に素直に馴染んでいったけれど、あの女はけして最後まで心を渡そうとはしなかった。
だがと、嘉利は思う。
―俺はお前の見せかけだけの心なんか欲しくはなかった。俺が欲しかったのは、藩主の側室という地位や欲に眼がくらんで、投げ出した安っぽい心なんかじゃない、お前が真から俺を愛してくれているという心、その証だった。
お亀は、見せかけだけの愛でさえも、嘉利にはけして与えようとはしなかった。嘉利の腕の中でどれほど声を上げ、身もだえようと、最後まであの女の心が陥落することはなかった。
―いや、俺はお前を陥落させたかったわけじゃない。俺は、お前の真心が欲しかった。ただ、それだけだったんだ。ただ、お前という女に俺は愛されたかったんだ。
「そなたまでもが俺を裏切るのか」
悲痛な呟きが落ち、ひろがり始めた夕闇にひっそりと溶けてゆく。
茜色の夕陽が、涙に濡れた端整な横顔をうす紅く染めていた。
だからこそ、すぐにお亀を殺さなかったのだ。あの時、どうせ後で殺せば良いのだと自分で言い訳めいたことを考えていたが、何のことはない、ただ本気で惚れてしまった女には流石の畜生公の異名を取る嘉利も刃は振り下ろせなかった―ただそれだけのことだ。
お亀こそ、嘉利が二十四年の生涯で初めて心から愛した女だったのだ。
多くの女と身体を重ね、その中には女の方からしなだれかかってきたり、甘えてきたりした者もいた。最初は厭がっても、何度か閨に招けば、誰もが嘉利の前に身も心投げだし、しまいには媚さえ見せるようになっていた。
お亀だけは、そんな大勢の女たちとは明らかに最初から違っていた。身体だけは共に過ごす夜を重ねている中に、確かに嘉利に素直に馴染んでいったけれど、あの女はけして最後まで心を渡そうとはしなかった。
だがと、嘉利は思う。
―俺はお前の見せかけだけの心なんか欲しくはなかった。俺が欲しかったのは、藩主の側室という地位や欲に眼がくらんで、投げ出した安っぽい心なんかじゃない、お前が真から俺を愛してくれているという心、その証だった。
お亀は、見せかけだけの愛でさえも、嘉利にはけして与えようとはしなかった。嘉利の腕の中でどれほど声を上げ、身もだえようと、最後まであの女の心が陥落することはなかった。
―いや、俺はお前を陥落させたかったわけじゃない。俺は、お前の真心が欲しかった。ただ、それだけだったんだ。ただ、お前という女に俺は愛されたかったんだ。
「そなたまでもが俺を裏切るのか」
悲痛な呟きが落ち、ひろがり始めた夕闇にひっそりと溶けてゆく。
茜色の夕陽が、涙に濡れた端整な横顔をうす紅く染めていた。