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負い目
第1章  
 お母さんに夫がいたのはもう、10年も前のことだ。


「お母さん」



 私を妊娠してるあいだ、お母さんの夫だった人は何度もお母さんの大きなお腹を蹴ったそうだ。



「お母さん、あの・・・」



 だから、リョンちゃんのお母さんが妹である私のお母さんのためにたくさんお金を。
 逃げるために必要な家とか家財道具とか、生きるための色々。
 全部出してくれて、そのおかげで私たちは今日まで生きてこれたらしい。



「ご無沙汰してました」



 要するに、わたしが生まれた頃にはすでに、わたしたちはリョンちゃんのお母さんの傘下のもとでのみ安心安全に暮らすことが約束された、母ひとり子ひとりの親子だった。




「ほんまに、お母さん・・・今まですみませんでした」




 だから、どうして見も知らない男が、真夏だというのに大きな体には窮屈そうな長袖の白いシャツと黒いスラックスを身に付けて、古びた衣装箪笥と、押入れに収まりきらず部屋中に雑用品の溢れた、この黄色く毛羽立った畳の上で、お母さんのことをお母さんと呼んで頭を下げているのか、最初わたしにはよく分からなかった。



「なんて謝っていいか分からんけど、ほんまに、ほんまに、すみませんでした」


 
 風鈴の音と、蝉の声。
 開け放したままの窓から湿度をたっぷり含んだ熱風が吹き込んでくる。
 お母さんは正座したまま、汗で湿った顔の口元を、ひび割れだらけで白く粉吹いた手のひらで押さえて、肩を震わせていた。
 なんにも言わずに、頭を下げ続けるその人の大きい背中の首筋にかかった汗に濡れた短い毛の襟足を、見つめ続けていた。



 それを、襖戸の向こうの板間から、リョンちゃんが見ていた。
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