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水蜜桃の刻
第6章 予感
「……私のこと、覚えてませんか」
続けた私のその言葉に、沈黙が流れる。
その間、先生は私の顔をじっと見ていた。
こんなに長いあいだ先生に真正面から見つめられたことなんて、ない。
激しい鼓動、そして期待。
顔が紅潮してくる。
さらに数秒後。
先生の唇が、あ、とそれを形づくった。
「……もしかして……透子ちゃん────!?」
……10年振りに呼ばれた。
先生から、私の名前を。
さっきまで鳴り続けていたあの着信音はいつのまに止んでいたのだろう。
今はもう、何の音もしていなかった。
「透子ちゃん……今はここに?」
こくん、と頷く。
そうなんだ、と呟かれ、またしばらくの沈黙のあと。
「……久し振り、だね」
そう口にした先生の、片側の口角。
ほんの少しだけ上がった。
──そう、この顔。
ぞくり……とする。
私のなかが。
嬉しさなのか何なのか、自分でもよくわからない感情で頭がいっぱいになる。
思わず、俯いた。
それでもちらりと、俯いたまま上目遣いで先生を見る。
……その笑みは、深くなっていて。
さらに深く、引きずり込まれそうになった。
あの、たまらなく甘くて、どうしようもなく切ない……水蜜桃のような記憶に。
浅くなっていく呼吸。
息苦しいような感覚。
心臓がどくどくと早鐘を打っている。
……ああ、だめ。
きっと私はまた、先生に惹かれていく。
そんな予感が、した────。