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水蜜桃の刻
第6章 予感
そのとき、室内から突然流れてきた、その呼び出し音。
スマホにかかってきた電話。
きっと、同僚からだろう。
そろそろ家を出るとか、そういう連絡なのかもしれない。
でも私の足は動かなくて。
「……お電話、ですよね」
そんな私に先生がそう教えてくれる。
俯いたまま頷く私に
「では、よろしかったらご検討ください。
体験入学などもできますので」
そんな、終わりとも取れる言葉を口にする。
「え……」
顔を上げると
「お時間をいただき、ありがとうございました」
そう、先生は頭を下げた。
「……っ、待ってっ」
咄嗟に私が口にしていたその言葉。
はい? と、先生が頭を上げて柔らかな表情で私を見る。
──違う。
こんなじゃない。
こんなんじゃないの。
先生の顔は、ほんとは、もっと。
先生は、もっと……そう、私の知ってる先生は────。
ぞくり……と、それを思い出した私の背筋を何かが駆け抜けていく。
ああ……どうしよう。
10年経っても私、こんなにもまだ先生に囚われてる────。
見たい。
先生のあの顔。
もう一度、見たい。
「……先生……」
そして私はとうとう口にする。
その言葉を。
「片桐、先生……」
え? とその笑顔が固まった。