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水蜜桃の刻
第7章 その指先
自分でもまだ、この状況が飲み込めていなかった。
先生は今、私の家のダイニングテーブルの椅子に座り、室内を見渡すようにしている。
どうぞ、と中に招き入れたのは私。
それなのに先生がここでそうしていることがとても不思議で、頭も心も……何もかもが落ち着かなかった。
対面式になっているキッチンに立ち、お茶をいれるためのお湯を沸かしながら、ちらりと先生を見る。
嘘みたい……何? これ。
思わず、心の中で呟いた。
10年振りに会う先生の姿。
スーツがとてもよく似合っている。
どこまでも大人な男のひと──漂わせているそんな雰囲気が、私の記憶の中の先生とはやはり少し違っている。
でも、顔はあの頃とあまり変わらないように見えた。
年齢を考えると、かなり若く見えるんだな、と変なところで感心してしまう。
そして先生はもう眼鏡をかけるのをやめたんだろうか。
10年前のあの日。
突然、いつもかけていた黒縁の眼鏡を外した先生に、思わず胸が高鳴ったことを今でもよく覚えている。
そう……その整った顔を歪めるようにして意地悪く笑いながら、私を見つめ、追いつめ、どうしようもなくさせていった先生────……。